WEB BEA VOICE Vol.210 TOP  BACK NUMBER  ARTIST INDEX  BEA-NET


稲岡健はあくまでミュージシャン・表現者のあるべき姿を、という視点を崩さず音楽の質と流通の理想を考え手探りで実戦している重要な人物だ。
福岡をベースにアナログ盤・CDのリリースやクラブでのイベントを精力的に行ってきた稲岡氏は今後、何を求め何を掴んで行くのだろう。



INTERVIEW/森裕志 PHOTOGRAPH/山田トモフミ
--イベントどうでした?(8/30のフリークエンシーズ。)かなり久しぶりでしたよね
「3ヶ月ぶりぐらいかなぁ」
--今回は新譜リリースのライブもやったわけですが、例えばバンドやヒップホップの場合とかは人が動いたり演奏するという意味でDJだけの時と明らかに場の空気が違うから”あぁライブやってるんだな“っていう実感がありますよね。しかし今回のだと、ブースの位置が違うのと音源がレコードかシーケンサーかという違いしかなくて目に見えるライブ感がないですよね。こういう場合のライブってどういう意味をもつんですか
「ライブは…よく出演者に”客踊らせないといけない?“とか聞かれるんだけど、好き勝手やっていいよって言ってる。30分なら30分、この空間は君にあげるから表現したいこと全部やってくれって。だからはっきりいって何が出てくるかわかんないですよ。客に合わせてダンス・トラックをやるのもいいけど、アーティスティックなアンビエントでもいい…基本的にダンス・パーティなんでダンスできるトラックがいいんだろうけど…ミックスマスターモリスとかとアンビエント・パーティーをやってた時期もあるし。今もまだ止めた訳じゃない。でも最近、極端な形でそれらの混在はすべきではないなと。クラブの部屋が完全に分かれてて二つ同時にやってるってのが理想。」
--いままではどんな感じでやってきたんですか
「フリークエンシーズという名前ではもう3年やってる。毎月やってた時もあったし…まぁ最近はわりと不定期だけど、かなりの数はやってきた」
--そもそもフリークエンシーズというイベントって最初はどんな感じで始まったんですか
「なんていうのかな、要するにDJとしての活動の場がなかったから。特にテクノとか、パーティーを始めた91年当時は逆風状態でクラブさえ、こっちが金払うっていってんのにハコ貸すらしてくれない状況だったから、そういう中で自分らのクラブで活動できる環境を、ないんだったら作るしかないから」 同席者:フライヤー捨てられたりしたもんね 「ええ(笑)…某店で」
--涙ぐましいですね(笑)。で、それからずっと維持しているんですよね
「やっぱり(リリース作業だけでなく)活動の場ってのは必要だし、レコードでのアウトプットと現場でのアウトプットって違う。サイジジーのパーティーで言うと、必ずしもフリークエンシーズってサイジジーの音と同じではないし結構ダンスパーティーぽかったりするけど…」
--現在のテクノのシーンは、どんな感じになってきているんですか
「今、ほんと細分化してる。レーベルなんてもう無数にあるから。昔(サイジジーを)始めたころは『とれま』しか無かった。94年になってフロッグマンが出てトランソニック、ダブレストラン、サブヴォイス、サブライム、イエローはなくなっちゃったけど、その当時で8レーベル。今はみんな自分勝手にレーベルとかやってて、僕らの知らないレーベルとかもたくさんある。いいことだと思う。」
--逆に言うと、みんなが自分勝手にやっていける要素ってのがあるんだ
「例えば、あるバンドをインディーズで出すって言っても、スタジオでのレコーディング代とかすごくかかるし…それで、更にCDをプレス、という大きな金銭的な問題がある。テクノの場合には自宅で全部やれるからスタジオ代とかも要らないしプレス代だけあれば出せるけど、バンドとかだと(まともにやったら)3倍くらいはかかるから。」
--今は機材なんかもそんなに高くないし、流通も個人レベルでやっていけるシステムもあるから、あとは自分でやるかやらないか、ってとこまで来ているんでしょうね
「それと、いらないフィルターを通さなくていい。それがメジャーとインディーの一番大きな差。例えばメジャーで出すっていったらもう、ものすごい過程があって”ろ過“されるわけじゃない?それこそ最大公約数になっちゃう。大半のメジャーは”今これが流行ってるから売れる!“とか季節商品っぽい考えだし。それじゃ面白くないってのがあるから自分でやる。サイジジーだったらワンクッションでアーティストの個性を生々しくレコードにして反映できるけど、メジャーだと売らないといけないとかいろんな事があってバンドとかもだんだん表現を売れ線に沿らざるを得なくなり、個性が”ろ過“させられやすい。そうすると結果的に似たようなものしか出てこなくなる…それってやっぱりコストがかかるからそうなっちゃうでしょう?メジャーはかなり売らないと回収できないから。だったらコストをかけなきゃいい。コストをかけない事で最低限の回収でよくなり、それで次作が出せて、しかも全てを自分たちでコントロールできるんだったら、じゃあそっちをやっちゃおうと。まあコストをかけない事が活動の目的ではないけど、こういうシステムの上だからこそ成り立っているのは間違いない。」
--コストが絡んでくることでアーティストの個性や音楽の鮮度が薄れるのはたしかによくないですよね。しかし最近、ケンイシイがメジャーからリリースしたり、先日開催された富士山麓のイベントなんかは二万人近く集まったりとか一気にポピュラーになってきていますが、そのあたりって?
「あ、別に僕はメジャーとかを毛嫌いしてる訳じゃない。その(作品の)内容に関してまったく口出ししない限り提携関係は持ってもいいと思っているし、リリースもね。そういうのは、これからの人は自然にやってもいいと思う。あくまでも表現を干渉されないという条件であれば。またメジャーの人でも音楽好きで熱心な人がいることも知ってるし。 あと、ポピュラー化に関して言えばテクノもちょっと違う次元に入っていってる…ある意味アンダーグラウンドでなくなってる部分もあって、やっぱそれはそれに合うようなアウトプットもありかな、と思う所もあるし…でもそれを僕がやるかという問題になると話は別。まぁ僕は…テクノシーンの中でも分かりやすい部分にいる訳でもないしどっちかと言うと、歩み寄ってきてくれる人が好き。音楽ってやっぱり歩み寄らないと分かんないし…。


基本的に与えられるものだけを聴いてる人ってあんまり好きじゃない。だから音なりCDのジャケットなりに(たまたま接して)おおっと思って聴いてくれてそっから入って来てくれた人を大事にしていって、そういう人をどんどん増やしてそれで最低限の経済のサイクルを成り立たせていけたら僕はそれで満足。別に右肩上がりの成長なんて目指してないし」
--これから、どんな感じでやっていくんですか
「最近、僕ら以外にも若い人達がパーティーをやってくれるんで、もう僕がそんなに無理して必要以上にやらなくてもいいかなって思ってて、その余った労力を制作とか他のことへ注いで行くつもり」
--制作というと?
「2年くらい活動停止状態にあった自分のアーティスト活動を再開させることも勿論あるけど、レーベルオーナーとしてとりあえず今まではちょこちょことしかやってなかった海外ディストリビューションをきちんとディストリビュータを通して本格的にやろうかなぁと。あともう一つレーベル始めて、それは海外にプレスを出して自分たちが一度日本へ輸入し更に海外へ送り出すなんて事はせずに、全ての流通を海外ディストリビュータに任せようと思ってる。12インチEPオンリーのレーベルなんだけどやっぱりアナログを海外と日本で往復させると異常にコストがかかる。それを日本でどう流通させるかという問題は、まあ日本はインポーターが異常にいるからほっといても勝手に輸入盤屋に入ってくるから何もしなくていいかなって。その逆のエクスポーターってのが日本は音楽に関しては皆無なんだよね。だから海外の人は日本の(一般的な)音楽をほとんど知らない。あと、新レーベルに関してはというかサイジジーもそうなんだけど、やっぱり無名な人でもいい音楽を作る人の作品をどんどんリリースしていきたい。当たり前の話、音が一番重要なんだけど最近はテクノのインディーズでもネームバリュー指向だから。そういうのは、ちょっとね。」
--音楽の純粋さや表現の自由さを保つために、そういったシステムを作り上げて維持するのは大変だと思うし、だから今までの、特に地方のミュージシャンやシーンにはそれが欠けていたから東京に行くしかなかったんですよね
「だから、そういう事をやって行ける可能性も示したかった。地方で、しかも肩肘張らずに自然体でやれるっていう可能性も示したかったっていうのもひとつは、ある。勿論それが全てじゃないけど。」
--じゃあそういうシステムのメドが立ってきたと
「そうとも言い難いんだけどね(笑)…まあしかし、いくらレーベルやってるっていっても、例えば一年間に一枚しか出さない、となると何を表現したいのかっていうのがやっぱり示せないでしょ。そうすると、やっぱり語るよりは作品で示さないといけない…だから今後はかなりレーベル活動のペースを上げる。まぁそういうサイクルを続けて行かない事には…まだやりたいことの10分の1もやれてないからね。」
SYGYZY RECORDS BIOGRAPHY (コメントは稲岡氏によるもの)
Believe In
The Frequency Power/V.A.

(SZY001LP/
NORTHSOUTH JAP100LP/CD)
●ジャパニーズテクノシーン黎明期の93年末に他のレーベルの先陣を切ってリリースされたコンピレーションアルバム。これがファーストリリースとなった。発売2週間でイギリスからライセンスのオファーがありNORTH SOUTH RECORDSより翌94年にワールドリリース。海外誌などでも多数取り上げられ世界にSYZYGYの名を知らしめた一枚となった。

Borderline/
Atsutoshi
Hirayama

(SZY004LP *Yellow Vinyl)
●95年6月リリース。福岡在住の気鋭のクリエーター、平山アツトシのデビュー作。ヒップホップ・ダブ・ハウス・テクノなどの要素が有機的に絡み合ったトリップホップ的アルバム。まさしくジャンルのボーダーラインを超えた意欲的な作品。彼は国内外の多くの実力派有名ミュージシャンとも競演しており、その才能を認められている。

EVA/
Dja-zz
(SZY007LP *Clear vinyl)
●95年12月リリース。WEBこと杉本卓也が新たにエレクトロニックジャズを展開。その完成度の高さからこのアルバムはイギリスはロンドンの“ヨーロッパのテクノの聖地”と呼ばれるレコード店、FATCAT RECORDSがこの秋にスタートするレーベルの第一弾リリースとしてライセンスされた。現在発売中のID MAGAZINEなどでも詳しく紹介され注目を集めている。
Romance
/Web

(SZY002LP *Green Vinyl)
●94年12月リリース。急速にブーム化したテクノへの違和感から活動を休止していた94年夏、突然三重県の片田舎からデモテープが。そして感動し、こういうピュアな音楽を世に出さないと嘘だと強く感じ活動再開を決意。そのテープの送り主がWEBこと杉本卓也だった。また当時、弟の杉本伸央もダブレストランよりTARTAR名義で同時リリース。その音楽性と共に話題を集めた。

Web
Classics
/Web
(SZY005LP *Red Vinyl)
●95年6月リリース。WEBがシンセサイザーを手にしたばかりの頃の初期作品集。少年期特有の溢れ出す夢想が音楽へ投影されている感じを受ける彼の初期衝動的アルバム。マスターテープがカセットしかなかった為、音質があまりにも悪くリリースするか迷い、先にDATマスターがあった"ROMANCE"を出したが、改めて聴き直し余りの楽曲の素晴らしさにリリースを決定した。

A Boy In
Picca Season
/OKIHIDE
(SZY008/CD)
●96年8月リリース。TANZMUZIKとして、田中フミヤの“とれま”やイギリスRISING HIGH RECORDSから(日本盤はSONY)、またAKIO/OKIHIDEとしてSUBLIME RECORDSからリリースし国内外でケンイシイ等と並び評価の高い佐脇興英の初のソロアルバム。そのジェントルでディープな音は聴く者の精神に響きわたるはず…
Spill-Over/
Drawing-
Future Life

(SZY003LP *Blue Vinyl)
●94年12月リリース。稲岡健とDJ NI-YAのプロジェクトの集大成的ミニアルバム。片面はアシッド、もう片面はアンビエントという構成。このリリース前後は精力的にNI-YAと一緒によく東京や大阪でLIVEを行っていた。またこれに収録の"LIVING IN THE ROOM"はよくデリックメイやミックスマスターモリスなどが好んでよくプレイしてくれた。

Birth+Breath
/FS
(SZY006LP *White Vinyl)
●95年12月リリース。ある日レコード屋へ行くと美しい曲が流れていた。それがFSの音との出会いだった。FSは北九州のレーベル"VALE-TUDO"を中心に活動するプロジェクトで、このアルバムはデビュー作。デトロイトテクノとアンビエントに影響を受けた情緒溢れるその作品は多くの人々の心を掴み、いくつかの海外誌のチャートにもその姿を現すなど、高い評価を得た。

Ten-Chong-
Ten/URA
URA
(SZY009CD)
●96年8月リリース。この同時期にリリースしたOKIHIDEと共に、ここからCDフォーマットへと移行。URAURAは杉本卓也の更なる別プロジェクトで、ここではエレクトロからディープなアンビエントまでをいつもながらの彼独特のセンスで展開。各音楽誌でも高い評価を得ている。また、彼は最近"mon-puta"というレーベルを始動。今後も更に活躍が期待される。