ViVien Movin(ヴィヴィアン・ム−ヴィン)
彼も遂に旅立つことになった。そこで今回はヴィヴィアン
ムーヴィンの北川君と対談することにした。 千葉(以下C)「北川君とも長いね」北川(以下K)「80sファクトーリーがあった頃からやもんね」
C「んで、とうとう行くんだ」K「そう、18年間福岡でやって来たわけやし、その活動を基盤として新しい世界でバンドを表現したいったい」C「そっか、寂しくなるけど決めたことだからね。良いものは何処でやっても良いし、それは普遍的だ」「話はかわるけどバンド名にはどんな意味があるの」K「感覚的に興奮するって意味」C「結構アブナイね」K「千葉君のHighだって捕まりそうじゃない」C「うー、お互い様ってことで。ところでさ、音楽と職業についてどう考えてんの」K「一生を通
じてやり続ける事を職業と定義するなら、ヴィヴィアン ムーヴィンにとって音楽は職業なんだ」C「つまりライフワークってことかな」K「かもしんないね」C「福岡についてなんだけど90年あたりから変化しているね」K「強い個性をもったバンドの活動や方向性が変わったっちゃない」C「そうね、凄まじいヤツは時代の中心に必要だからね」K「でもね情報が多過ぎて大変ちゃないかいな」C「ロックカルチャーが市民権を得た以上しかたないね、悪魔に魂を売らなくてもロックは出来るんだけど、選択肢やフィールドが広がった分、皆必死さ」K「結局ね、やるヤツはやる訳ったい。オレはR&Rするという事の意識を高める為にこのバンドを作ったんだから、自分には嘘はつかないよ」・・・と対談は続いた。いずれにしても北川君には頑張ってもらいたいし、良い形で再会したいものだ。
(1999年3月24日 サウンドトラック コントロールルームにて)
1988年にガンスリンガーズとして結成。1991年にヴィヴィアンムーヴィンに改名する。ラジカルでいてシュールなロックンロールバンドだ。現在のメンバーはVo.G.北川銀(35)、Bass大嶋慶介(24)、Dr.平山由美子(33)の3人編成。福岡を中心に活動を行っていたが、この5月に活動の場を東京へ移す事となった。
■the sound track recording
studio■ 2-3-46-1F WATANABE-DORI
CHUO-KU FUKUOKA
810-0044 JAPAN 092-781-8855 |
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シェイクダウン
華麗なるオチ
役者性、作家性、演技力。コント師にとって必要不可欠な才能の中でも、とりわけ“作家性に優れたコンビ”とされているのがシェイクダウンだ。工夫を凝らした状況設定、通
称“上手いこと言い”と言われる見事なラスオチ(最後のオチ)。彼らのコントを讃える言葉は一貫してこの2点に集約されるが、ネタ作りを担当している久馬は「言われて悪い気はしないですよね。ただ、最近はあんまりそっち(ラスオチ)ばっかり言われてるんで、ちょっと控え目にしとこうかなと思ったりして」といたって冷静。だが、今年春に東名阪で行なった2度目のソロ・ツアー。中でも大阪公演では“人は何処から来て、何処へ行くのか”という壮大なテーマを3本のロング・コントに織り込み、ひとつの大きなストーリーの中でつなげて見せるという初めての試みにも挑戦。久馬「またチャンスがあればこういう方法も試してみたい」と意欲満々。ちなみに“それぞれ相方を紹介して”と頼んだら、
後藤「性格はすごくマジメ。集合時間にも遅れないし、もう少し遊んでもいいくらい。もっと悪くていいかな〜と思いますね」。一方、久馬から見た後藤は「お金使いすぎ…ていうか“金の亡者”ですね(笑)」。え?亡者?後藤「いや、そない持ってないですよ。だって、給料日に全部なくなりますもん。全部パチンコ代につぎ込んじゃって…ま、目標が“平成のヤッさん(横山やすし)”ですからね(笑)」。さて、今年の活動予定は?後藤「夏ぐらいにみんながビックリするようなこと…まだ誰も演ったことのないような事をやろうと思てます」。久馬「今は詳しく言えないけど、夏前にはちゃんと分かると思うんでね、是非、福岡からも観に来てほしいです」。後藤「うん。福岡にも新しい劇場ができるし、単独ライヴもそこでやれるといいな」。今年はシェイクダウンの夏に注目!
文/なかしまさおり
▲右:後藤秀樹(大阪府高槻市出身)左:久馬歩(大阪府岸和田市出身)/92年3月結成。ともに72年生まれ、NSC10期生。“1回きり”の約束で組んで、すでに7年。後藤「続いてる理由?僕もいまだに分かりませんよ(笑)」。ちなみに後藤は自他共に認める“歌好き(しかも上手い)”&Mr.Children好き。久馬は長渕剛が好き。何か性格現れてるよね。 |
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BANANA ERECTORS
Same(SYMPATHY FOR THE RECORD INDUSTRY/SFTRI569)
60’sフレイヴァーなパンクR&Rを山口から発信!
山口県宇部を拠点に活動するバナナエレクターズの結成6年目の1stアルバム。アメリカのガレージ〜パンクの老舗レーベル“SYMPATHY
FOR THE RECORD〜”からリリースされた今作品は半年間かけてレコーディングされたセルフプロデュース作。70年代のパンクロックをベースに60年代のPOPミュージックのルーツに忠実なサウンドが新鮮でありキャッチーなメロディーと紅一点のMAYのキュートなVo.が一般
のPOPSファンの耳もくすぐります。
■株式会社ボーダーライン カメレオンレコード■福岡店(092)761-0388/小倉店(093)533-1269
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〜だんご三兄弟の巻〜
流行モノには牙をむく天の邪鬼の私が、この春は例年よりもだんごを沢山食べてしまった。さて、実は台湾でも似たようなヒット曲があるのをご存じだろうか?それが柳翰雅<(Aya)>の歌う『かき氷行進曲』。日本がタンゴなら台湾はマーチだ。原曲は米国民謡の『アルプス一万尺』、お馴染みのリズムにのって「かき氷に何をかけて食べる?あずき?うぐいす?・・・」と元気に歌い上げる。歌詞に意味はない。台湾に『相対論』という番組がある。普段は政治・経済・国際問題を語る討論番組で、司会者の陳若華が藤原紀香ばりの美人でありながら、田原総一郎並の仕切を見せるところが私は好きなのだが、そのお堅い番組でさえも、かき氷現象について討論していた。それによると、この『かき氷行進曲』台湾の12〜20歳に最も人気があるという。その秘訣は@なじみのあるフレーズで旋律がない。A簡単な歌詞。Bミュージックビデオ上で動き(ダンスとは言い難い)も簡単ですぐ真似出来る。楽しい=好きという図式が単純に成り立つらしい。ストレスの多い台湾社会では、あまり内容がなく、聞き流せるようなカラッとした曲が最近は受けている。しかし、台湾でのかき氷の売り上げが伸びているのかは定かではない。
文/ヴィヴィアン
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『売切続出!Dragon
Ash ツアーTを追え』
というわけで4月9日Zepp OsakaへDrago n AshのツアーTシャツ人気調査に行ってきました(ウソ)。対象物は“1999”。福岡でも初日に売切れ、多くのファンに悔し涙の雨を降らせたあの幻のツアーTシャツである。まずはどのくらい人気があるのか(or羨ましがられるか)を知るため、事前に購入しといたブツを着用。いざ会場へ…。ていうか、これ着て歩いているだけでもう、みんな見る!見る!“エエなぁ、それ。買えたんやぁ”とかって言う!言う!寄る!寄る!しかも今回のツアーTの中では、この“1999”が降谷君イチバンのお気に入りとか。やっぱ、ファンなら何が何でも揃えとておくべき(あぁ蟻地獄…)?ちなみにハンズオフィシャルホームページでは商品の閲覧と購入がオンラインで随時可能。買い損ねた人はここでゲットしよう。 文 なかしまさおり
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「米国音楽の奥深さを堪能、の巻」
EMMILOU HARRIS・SPYBOY;LIVE from the legendary Exit/In
先月号のインタビューに登場した青山陽一氏お薦めの1枚がこれ。ひとこと『渋い!』と言わせていただきましょう、このエミルー・ハリス。青山氏は他に、サム・プレコップやガスター・デル・ソルというこれまた渋いというかモダンというかその辺りのいわゆる『音響系』を挙げてましたが、やっぱりこちらにしときます。で、実は私、不勉強なもので70年代ならいざしらず新譜のライヴ盤が出ていることなど知りませんで早速大手ショップへ駆けつけ探しましたよ、ええ。したら同じ内容の輸入ヴィデオが出てるじゃないですか、それも結構安く(2600円くらい)。やっぱライヴは絵がなくちゃ、ってことで購入したわけです。
エミルー・ハリスといえば1970年にデビューしたカントリー・シンガー。とは言っても時代はカントリー・ロックなる流行もありって、コテコテのカントリーというよりもちっとポップな味もありつつの、という感じが多くの支持を得ることに。その後もコンスタントにアルバム制作やライヴを積み重ねていった(と思う)彼女のことは、実は詳しくないのですいません。で、カントリーのテイストはありつつも、何というか大らかなアメリカンロックといった風情のこのライヴ。ニューオーリンズの有名なお祭り『マルディ・グラ』仕込みの強力リズム隊スパイボーイとともにリラックスかつ奥の深い音を聴かせてくれます。青山氏曰く「年を取ってからの方が迫力がありますね」とのこと。アメリカ音楽の魅力限りなし!ってとこですか。 |
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読んで得する音楽用語!
【ウィ−ザ−】
ポスト・グランジ世代の最右翼・アメリカ産。私事ながら、ファーストアルバム収録の「バディ・ホリー」で心を鷲掴みにされデイヴ・フリッドマンの見事なフェーダー捌きによる切れ味最高なサウンドが五感をシビれさせたセカンド「ピンカートン」収録の「ピンク・トライアングル」や「アクロス・ザ・シー」などは、深酒した翌朝必ず我が家のターンテーブルの上に乗っかっているのである。年寄りの私などはザ・フーの「恋のピンチヒッター」や「イッツ・ノット・トゥルー」を連想してしまい、思わず目頭が熱くなるのである。
そういえば、リヴァース・クオモの茶目っ気(で許されるのか?/笑)たっぷりな福岡ライヴも記憶に新しいところ。新作が楽しみである。 |
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〈最終回
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チッコ、チッコ、チッコ…時計の針は深夜に鳴り響く。眠れない夜にこの音は恐怖の音へと変わっていく。チッコ、チッコ…雑誌で字が多くて読んでなかった所でも。…チッコ、チッコ…首を右に向けようか、やっぱり左に。…なんか違うな〜。…チッコ、チッコ…レム睡眠とノンレム睡眠で90分周期だから。…チッコ、チッコ…やばいな〜、今寝たら起きるのがキツイかな〜。でも30分深く寝れば…チッコ、チッコ、チッコ、カチッ!ジリリリリ〜〜〜〜〜…あ〜あ。
イラスト・文/貝塚好記(ジャンクラッシュ) |
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我が心の「安愚楽れこーど倶楽部」。
日本の音楽史に<初のインディーズ>として名を残したURCレコード。このコーナーでは何度となくURC関連のミュージシャンをご紹介しておりますが、それは何故か?そう、それは私が22歳のまだうら若きレコード青年だったとき、近所の古道具屋で埃まみれになって売られていた1枚のエルピー盤を買ってしまったからであります。(因みに500円)。一応ジャックス狂いだった私としては、早川義夫氏がディレクターとして関わった日本初の本格的インディーズ・レーベルであること、ゆえに初期は通
販のみでその分値段が安かったことなどは知っておりましたけれど確かそのころは、はっぴいえんどや早川氏のソロ位
しか再発されてなかったのでちゃんと聴く機会が無かったんですね。薄れつつある記憶のなか思い出すのは、あの三角に丸のロゴを中古盤屋で必死に追いかけていたことであります。
さて、古道具屋で出会ったくだんのエルピー、早速うちに帰って聴いたらもう凄いのなんのって。タイトルは「1969京都フォーク・キャンプ」。もちろんライヴ盤で、出演は高田渡、ザ・ディラン、遠藤賢司、五つの赤い風船、友部正人などなど。先日お亡くなりになった西岡恭蔵さんも参加されております。
で、特徴なんですがとにかくどの曲も歌詞が深い・・・というか実に直接的かつ痛い。それに加えて、異様にユーモアあふれる曲もあったりで一気に聴き倒しました。その世代の方には超有名な「自衛隊に入ろう」はじめ「俺達に明日はない」「猫が眠ってる」などなど今日聴いても全然色褪せない名演ばかり。外国曲に訳詞を乗せたり、全くのオリジナル歌詞を乗せたカヴァー曲の数々も興味深いし、なんつってもライヴならではの、あの空気が部屋に充満するラフな録音や編集もまたよし。嬉しいことに最近はURCがきちんと評価されてきたのでCD化も充実してますし、休眠していたレーベル自体も若いミュージシャンの為に再活動するとか。インディーズ・ブームの昨今ですがこの辺も是非チェックして欲しいところですな。 |
※情報は全てBEA VOICE VOL.240発行当時のものです※
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