| これだけ好きな事をやって、お客さんがいつも目の前にいてくれるっていうのは、 なんて幸せなんだろうって。 文/なかしまさおり TEXT by Saori Nakashima 写真/山田トモフミ PHOTO byTomofumi Yamada 89年のデビュー以来、さまざまな形でシーンに新たな音の息吹と可能性、小気味良い刺激を与え続けてくれているバンドTHE BOOMが約3年振りのオリジナル・アルバム『No Control』を完成させた。デビュー10周年、誰もが待ち望んだその再会の瞬間に鳴らされている音は一体、何であろうか。沖縄を、ブラジルを、さらにはソロ活動を通してヨーロッパを体験してきたヴォーカル・宮沢和史氏とドラムス・栃木孝夫氏に話を聞いてみた。 |
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--今年はデビュー10周年ということでひとつの大きな節目であるとは思うんですけど、そこで出てきた音がこの『No
Control』というのはある意味、意外でもあり、やっぱりTHE BOOMらしいなという感じですね。これはタイトルが先にあったんでしょうか、それとも後でこういうタイトルが付いたんでしょうか。印象としては、本当にいろんな音が奔放に、また無調整に並んでいるなという感じがしたのですが。栃木「前回は例えばブラジルの楽器を使ってみたりとか、ブラジル音楽を自分たちなりに演ってみようというコンセプトで演った部分があったんですが、今回はコンセプトというのがまず無くて。出来てきた曲をアレンジャーの方に渡して、それを順番に録っていくという形で、タイトルは一番最後でしたね。何の調整もせず、本当に今の自分たちが良いと思って作った曲…もしかしたらコントロールしないというより、できないほどの衝動があったのかもしれないし、ましてやしようという気もないみたいな姿勢も含めてこういうタイトルになったと」 --実は今回、アルバムを聴かせてもらった中でその奔放さと同時に宮沢さんの書く歌…例えば今までは私信的な書き方でありつつ、翻ってみれば広く多くの人に当てはまるような言葉が並んでいたりもしたんですけど、今回はよりそれが特定された誰かに向けて語られているような気がしてならなかったんです。 宮沢「うん。一時、どんな人にも共通語として通じるような歌詞を書きたいと思ってた時があって…多分、5年ぐらい前からかな。きっかけは人と触れ合うことが非常に増えて、ディック・リーと一緒にアジアをミュージカルで回ったり、沖縄で色んな人に出会ったりして、自分の近しい人じゃない人にも歌を届けたいという欲求が出てきた。ただ、そういう風にどんな人にもあてはまる感じに作ってみると、上手くいく時はいいんですけど、上手くいかないと凄く薄い歌になるんですね。何が言いたいのか分かんないとか、みんなに共通すぎて逆に誰にも届かないとか。例えば最近、選挙演説やってますけど、大きい音でやったからと言って実は誰も聞いてなかったりするでしょ?だったら特定の人にきっちり伝えた方が、もしかしたらそれ以外の人にも実はちゃんと届くんじゃないかって。そういう気が最近凄くしてて…自分のソロ・アルバムぐらいからかな、あまり視点を広げ過ぎないで、ホントに手紙を届けるぐらいの気持ちで詞を書いたりという風に変化してきた感じはありますね」 |
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--今年で10周年という意識についてはどうでしたか?宮沢「曲作りをしている段階では、無かったですね。10年ですよと言われて、あ、そうかと。ただ、その10年というのもやっぱりメンバー同士が互いに興味を持って、それぞれに腕を磨いたり自分の引き出しを増やしたりして、常に“次どうなるんだろうアイツ?”って思い合って来たからこそやってこれた10年だし。逆にこの2年間、休んでいたのはこのままいくと少し興味が薄れてしまいそうだなという危惧があっての事だったし、結果…今こうしてまた色んなテーマを出したり、アイディアを持ち寄ってやれる余裕がすごく楽しいし、バンドっていいなって思いますよね。それにこれだけ好きな事をやってお客さんがいつも目の前にいてくれるっていうのは、なんて幸せなんだろうって。時には沖縄音楽なんかを演ったりすると、ついて行けないって言う人がいて。あるいはヒットしてしまった事で好きになる人や離れる人、いろいろあって…それでも10年こうしてどこかで期待してくれる人がいるっていうのは、やっぱりそれが全てというか、それに尽きるような気がします」 |
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--では最後にツアーについての意気込みを。栃木「一応、アルバムの曲がメインになるとは思うんですが、10年という部分、また久しぶりという部分でいろんな人が楽しめるようなライヴになるといいなとは思いますね。それに九州はデビュー当初の署名ライヴの時からお客さんがたくさん集まってくれて。僕らの音楽に関心を持って下さる方もすごく多い。だから今度も是非、新しいTHE BOOMを見に来てもらえたらと思います」 宮沢「うん。やっぱり思った以上に10年というのはお客さんの方が意識してて。さっき言ったような意味でちょっと距離を置いてた人もまた見に来たいとか、逆にこのアルバムから好きになる人は初めてのライヴだったり、そういういろんな思い、いろんな歴史、期待が入り混じったライヴになると思うんで、その中でそういう全ての人を喜ばせられるようなもの…古い曲とか若干、照れくさいところもあったりするけど、とにかくいろんな曲を演ると思うんで、そんなに構えずに楽な気持ちで来てくれれば楽しませますから(笑)。それこそ“No Control”な“無法地帯”のライヴにして楽しみたいです」 |
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★アルバムに関するこぼれ話★ 『墓標』『オキナワ』などを巡るTHE BOOM にとっての“沖縄”とは? 宮沢「特別なものでしたね。“でした”というのは、以前はやっぱり意識して沖縄の音と接しようとか、沖縄の音階を使って曲を作ろうという風にしてたんですけど、今は自然に意識せず、いつも僕の中に沖縄があるという感じです」 今回のアルバムで一番印象に残った曲。 宮沢「1曲目『墓標』。実は2年前から着手していた曲で、当時はどうしても歌が上手く歌えなくてお蔵入りになってたモノを今回ようやくリズムも歌も、ミックスまでやり直して完成させたんで非常に思い入れがある。曲中、中国の鐘の音が入っているんですけど、巨大な鐘でね、それをどうしても使いたくて作ったような曲。以前、何かの記事で読んだんだけど、すごい昔の鐘で、もしかすると西洋音階がヨーロッパに生まれる以前の物じゃないかと。レプリカが地上に3台しかないんだけれど、そのうち1台が東京・世田ヶ谷区の昭和女子大にあるということで録りに行ったんです。ホントはライヴでも鳴らせるといいんですが、借りると2千万円はくだらないということで…(笑)」 『大阪でもまれた男』 栃木「ミヤの大阪滞在最短記録を作った曲(笑)」 宮沢「浜村淳さんの声を録りに行って、滞在3時間(笑)。でも大阪はデビュー前から行ってた街だし、アメリカ村の三角公園でホコ天を再現したりとか、東京とはまた別の意味で僕らを持ち上げ、育ててくれた場所。いつかはテーマソングを作ってみたいと思っていて今回演ってみた。最初“揺れるぜ観覧車”だった歌詞が、やっぱり揺れちゃマズイだろ(笑)ってことで“うなるぜ”にしたという裏話もある」 アルバム後の展望について 宮沢「ツアーが終わるまでは何も考えないようにしています。それが終わってからこれからのことは考えようかと。ただ、今後はテーマを決めて進んでいくのではなく、もう少しリラックスして何も考えずに、曲が集まったら録って発表するっていうのがいいなとも思っています」 |
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