山田辰也&THE WATERS
キャデラックランチには共通の価値観を持つ人々で賑わっている。その店は西新の脇山口を南に少し入った所にある。粋な音楽を聴きながら旨い酒が味わえるGOODな空間だ。そこで、今回はキャデラックランチのオーナーである山田君のバンドを紹介しよう。
ちなみに彼の奥さんである、あかりさんもメンバーでその歌も料理も絶品だ。さて、そのバンド「山田辰也&THE WATERS」だが、彼の名を聞いてピンときた人はなかなかの通だろう。80年代博多ロックシーンを築いた中の1人なんだから。ロックを愛し、海を愛し、酒を愛する彼「山田辰也」が率いる「THE
WATERS」は紛れもないロックンロールバンドだ。メンバーの趣向は様々だがVo.山田君がスプリングスティーンを敬愛していることもあってサウンドは骨太だ。更に、バックを支えるメンバーそれぞれの経歴により、深い音楽性を持った楽曲に仕上がっている。福岡での活動歴の長い山田君に福岡のシーンの移り変わりについて質問してみた。「音楽だけではなくファッションや遊びの中でも福岡という地方都市の個性が薄くなったように思う」と辛口のコメントをもらった。確かに昔とは比べ物にならないほどの、多量の情報が高速で行きかっているわけで、画一化するのも否めないかも知れない。しかし、状況は皆同じ土俵に立っている訳だから、彼等は彼等の持つ強い個性で外部に影響を与えて欲しい。いずれにしても、バンドはライヴを体感するのがいちばん早い方法だ。ロックは生ものだから、彼等の脂がのった美味しいところを酒でも片手に味わってみてくれ。
●山田辰也&THE WATERS プロフィール 1997年夏結成。骨太のR&Rを得意とする5人編成のロックバンド。現在のメンバーはVo.G.山田辰也、Back
Vo.あかり、G. KAZUY A、B.キャプテン石井、Dr.鶴田隆で構成されている。ライヴ活動は福岡でのイベントを中心に不定期ではあるが積極的に行っている。7月には福岡でのライヴを予定しているので情報誌などで要チェック。
■the sound track recording
studio■ 2-3-46-1F WATANABE-DORI
CHUO-KU FUKUOKA
810-0044 JAPAN 092-781-8855 |
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番外編
潜入!!札幌吉本
今回は番外編ということで、先日見てきた札幌吉本の『吉本特選空とぶイクラSpecial』というライヴの話を少々。まず『空とぶイクラ』とは、北海道からお笑い芸人を発掘しようと行なってきたオーディションで常連組となり力をつけてきている若手の団体。オーディションを卒業した組がまず初めに通る「登竜門」的ライヴというだけに、出演メンバーの笑いを取りにいく必死さとひたむきさには心打たれるものがあり、それが舞台の荒削りな部分を上手くカバーしていて新鮮。でも、何より感動したことは舞台が終わって客席からロビーへ出た瞬間。さっきまでハチャメチャな言動で笑いを取ってたメンバーが全員、出口に並んでお客さんひとりひとりに「ありがとうございました!」と頭を下げて挨拶していた事。芸人にとって舞台はもちろん、こうした“ファンへの感謝の気持ちの表示”は後々、大きな実を結ぶ。ホヘト、まさまさきのり、SOBADS、奥本隆…いつか取材に行く日まで、そのキラキラした瞳を磨き続けていてくれ〜! さて、このコーナーがスタートして約2年。これまでに21組の芸人さんを紹介したが、最近読者になってくれた人の中には以前ここでどういう芸人さんが紹介されたのかを知りたいという人も多いようだ。そこで今回はそのネーム・リストを公開するのでチェックよろしく。さて、あなたの気になる芸人さんはもう登場した?来月号もお楽しみに!!
文/なかしまさおり
●これまでに登場してくれた芸人さん●
シェイクダウン/バッファロー吾郎/バレッタ/ハリガネロック/陣内智則/DonDokoDon/バッドボーイズ/ジャンクラッシュ/T・I・M/FUJIWARA/
やるせなす/2丁拳銃/ストリート/ベイビーズ/男同志/海砂利水魚/安松透/ ドリアンズ/ダンクス/モンスターズ/パタパタママ |
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V.A/PROPROPOSOUNDS
(CD/FULLSCRATCH)\1,575/500枚限定
パンク、ハードコア等のバンドに陽が当たりメジャーのレーベルも青田買いする最近の音楽業界の中でも、地方のバンドにはまだまだ孤軍奮闘しているバンドが無敵に存在する。有名レーベルにテープを送り続けるバンド、精力的にLIVEやツアーを繰り返して足場を作っていくもの、自分達でカセットやCDなどの音源を制作してリリースするバンド等やり方は様々であろうし、正しい方法は1つじゃないだろうから。
今やパンクの基本的な精神であったと思われるDIY(DO IT YOUR SELF)など新しい世代の中には存在する事が少ないかも知れないけれど、参加バンドによる全くの自主制作で作られたこのCDにはそれを掲げずともメディアに色づけされていない、福岡のパンクやハードコアシーンの1部を切り取って見せ、そして個々のバンドが格闘していく事によってそれを充分体現していると思われる。
彼等の言う“福岡の現実”の1つがここにある。。
■株式会社ボーダーライン カメレオンレコード■福岡店(092)761-0388/小倉店(093)533-1269
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ハーレム・ユー
〜 慶 澄の巻〜
人間の能力とは計り知れないモノで、CDのジャケ買いにもある種の『嗅覚』が発達してくる。面食いの私が、なぜ哈林(彼のニックネームだ)のアルバムを買ってしまったのか、今では思い出せないが、初めて買ったアルバムは、「UNPLUGGED」MTVライヴ版。それはそれは強烈な出会いで、以来彼のアルバムは欠かさず買い続けている。チャイニーズポップスでは1曲ずつはOKなのに、トータルで聴くと、アルバムコンセプトが不明で残念な事がよくあるのだが、彼の場合はとてもバランスが良い。作詞・作曲を手がけ、北京語・広東語・英語を使い分け、バラードからR&B、ラップetc・・・と見事に歌いこなす。おまけに哈寶寶(ハーベイビー)という自分の子供までデビューさせた。実は、彼の子供ではなく、彼自身の声を電脳処理したものという、アイデア豊富な才能あふれる男である。雪のない台湾に居ながらスキーが好きという彼。以前会ったときに「福岡にも来てね」という私に「雪は降るの?スキーは出来るの?」ときいていた。私は「ライヴをしてね」という意味だったのに・・・。「スキー?もちろんよ!」と答えた私はウソつきでしょうか?
文/ヴィヴィアン
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メガネ部
メガネ、メガネ、メガネ…最近、メガネに関する事柄が何やら周囲で超話題(ウソ、ウソ、大ウソ)。事の発端は、昨年大阪で知り合ったヤツらが「メガネ芸人を愛する“メガネ部”」なるものを作っていたこと。メガネ部ぅ〜?なんじゃ、そら!と一応、ツッコミを入れてはみたものの、いつのまにか私もメガネの魅力にとりつかれ、メガネ人(芸能人、一般人問わず)をやたらとチェックしまくるようになってしまった(どうしてくれんだコノヤロ〜!)。そんなところへ昨年は某音楽誌編集長・田中宗一郎氏が「メガネ's」というバンドを結成したという噂(メンバーはくるり・岸田、中村一義など)。やっぱメガネは今、ブームなのか???ちなみに冒頭のメガネ部は現在インターネット上で部員募集中。URLは「http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/2348/meg
ane.html」です。蟻地獄に溺れてみたい方は一度、のぞいてみてね。 文 なかしまさおり |
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おうおうそういえばうちにもいたぞ!メガネが似合う素敵な30代虫歯男Y氏。近頃ハガキにて自分宛のファンレターをみつけ、感無量の無気味な笑みを浮かべてたし。要チェックだぞ!!(なにが?)
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Long Live Rock 彼らがいたから、ロックは死なない
「ザ・フー/ワイト島ライヴ1970」
若きロックファンにこそ是非見ていただきたい、ザ・フー1970年の勇姿。ウッドストックフェスから1年後、ところは英国・ワイト島。深夜2時、聴衆60万人(なんなんだよ、この数は!)の前に現れたロジャー(from
OZ)、ピート、ジョン、キース。ああ・・・、と独りで盛り上がっている場合ではないぞ。このコーナーで彼らを取り上げるのはもう2度目なのでいささかくどいかもしれんが、日本においてあまりに評価の低いことを憂う私としては、少しでも多くの、そう特に若きロック・キッズにこそ目を向けて欲しいんである。とにかく演奏がダイナミック、メロディーが秀逸。メンバーそれぞれのキャラあまりに良すぎ。愛くるしい笑顔をふりまきながら千手観音のように手をくねらせ無闇やたらと叩きまくる、元祖パワードラマー・キース・ムーン(惜しくも1978年死去)。ウインドミル(風車)あるいはボウリング奏法と呼ばれた、手をブンブン回して弾くスタイルに見事なジャンプ、ギブソン・ギターとハイワットによるフィードバック、スマッシング・ザ・ギター(ギターやアンプの破壊)などなど後世のギター野郎にこれでもかとロック魂を教えてくれたゴッドファーザー・オブ・パンクロック、ピート・タウンゼンド。この夜はスケルトン・スーツ(骸骨柄)で現れ相変わらずの無表情ながら指盤を縦横に駆けめぐるリード・ベースを充分に披露した「ボリスのクモ野郎」ことジョン・エントウィッスル。で、リード・シンガーなのに一番影が薄いロジャー・ダルトリー。マイクを振り回すアクションとドスの効いたヴォーカルは決して悪くないが、このメンツの中じゃちょっと弱いか?てなわけで、1970年つーことは、だいたい25〜26歳くらいか。まったく文句のつけようがない歴史的名演である。しかも、こんだけ見れてお値段なんと2,980円とは世の中住みやすくなったもんだ。 |
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彼女と別れて1ヵ月。一人の生活にもだいぶ慣れたが、それでもふとしたはずみに、ちょっぴり太めだった彼女を思い出す。流行モノが大好きで、機械が苦手だった僕の携帯の着メロを毎週変えてくれていたっけ。そして相変わらず僕は機械が大の苦手。あの日のまま携帯の着メロは今日も鳴ってる…♪だんご、だんご、だんご、だんご、だんご三兄弟、だんご三兄弟、だんご三兄弟…ダンゴッ!!♪…あ〜あ。 |
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※情報は全てBEA VOICE VOL.241発行当時のものです※
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