文/熊谷美広 TEXT by Yoshihiro Kumagai
 写真/久保憲司  PHOTO by Kenji Kubo

このところ、カヴァー・アルバム『Listen To The Music』をリリースしたり、他のアーティストのプロデュースを手がけたり、はたまたパンのプロデュースをしたりと、幅広い活動が目立っていた槇原敬之。
そんな彼の1年8ヶ月ぶりのオリジナル・アルバム『Cicada』が完成した。
ここでは、これまでの彼のイメージとはちょっと変わった、シンプルで奥の深い歌詞とメロディが展開されている。


--新作の『Cicada』って、すごくシンプルなアルバムだなって思ったんですけど。
槇原敬之:いいことを言ってくださる(笑) 。今回は歌詞を練るようになったんですよ。え、これでそうなのかって言われるとつらいんですけど(笑)。歌詞を書きたいなという初期衝動があるじゃないですか。今回はその、最初に思ったものに歌詞を近付けるためにすごく時間をかけたので、歌詞が密なんだけど、シンプルになっているというか…ぼくの気持ちばっかり出したかったんです。相手を観察して、その状況を説明するということは今回はやめて、自分からの視線の歌がすごく多くなっています。これは自分の中では、けっこう革命的だったんですよ。観察力を売りにしちゃうのが嫌になっていたのと、感情のある歌詞が書きたくて、そうすると歌詞に重点が置かれるので、曲がシンプルですんじゃうんです。
--全体の音数が少なくて、“引き算”のサウンドになっていますね。
槇原:“引き算” ですよね、かなり。トラディショナルな感じというのが、テーマだったというか、“オリジナリティ”という言葉で、自分で自分を後押しし過ぎちゃったんですね。それでぼくも30歳になるので、形にはめて分かることもちょっと学んでみようかなと思って。シングルでもリリースされた「Hungry Spider」がその最たる曲なんですけど、自分がこう行きたいというメロディとか、自分が弾くクセとか、そういうものをやらないで曲を作ってみたら、おもしろいもので、そこから導き出されるメロディも、トラディショナルなものになっていくんです。それでトラディショナルなものって、完成型があるというか、これ以上音を足したらうるさいとか、でもこれ以上減っちゃうと、さじ加減を間違えた料理みたいになっちゃうとか、そういうものがあるんですね。それを楽しみながら作りました。“適材適所”といいますか。

--歌詞の傾向が変わったというのには、何かきっかけはあったのですか?
槇原:『Listen To The Music』で「月の舟」という歌を取り上げたんですけど、それをレコーディングしてて、文句なくすごいなと思ったんです。これはなかなか書けない詞だなと思いましたね(笑)。ぼくはよく“男の弱い部分を真正面から歌いますよね”とか言われるんですけど、それがぼくにとっては当たり前だったから、弱いとも思わなかったし、そんなものを売りにするつもりもなかったんですよ。 ただ歌詞として成立したものがそうだったというか。でもそれも気になっていたし、ここ何年か、“ポップス”という言葉の価値がちょっと下がったと思ったので、自分のクオリティは上げたいと思って。そういうものって、作っている本人が落としちゃえば、それで落ちていっちゃいますからね。それで、日本人的な言葉の表現の中には、簡略化した中にものすごい美しさがあったりして、そっちに眼を向けないと、他に眼を向けても、もうつまんなくなっちゃているんですよね。“洋”なものに眼を向けたところで、確かにワクワクしたり、やっぱりニューヨークに行きたいなとかも思ったりもするんですけど、なんか味の深みがないというか、飽きちゃうんです。日本の昔のいい曲で、例えば服部良一さんなんかを聴くと、すごく振るい感じで聴くのは、勝手に人がそういう風に聴いているだけで、歌詞は永遠な感じがしたんです。だからちょっと、お勉強しようかなって思って。そういう感覚って、絶やしたくないなと思いますね。
--「Hungry Spider」もそうですけど、確かに今回はトラディショナルな感じのメロディの曲が多いですね。
槙原:そうなんです。“絶対どっかで聴いたでしょ”というか(笑)、今生きているうちには聴かなかったけど、その前世では聴いていたはず、といった勢いのものでいいと思ったんです。ポップスって、新しいものを作る前に、受け継ぐのかなぁって最近感じてて、それはもう遺伝子に刻み込まれてるんじゃないかと思いますね。ただお国柄とか時代性とかで、単純にちょっとメロディが変わるだけなんじゃないかって。そういう意味では『Listen To The Music』を作ったのが、今回の伏線にはなっていると思います。
--誰がなんと言おうと、いいものはいい、と。
槙原:ぼくももうデビューして9年になるんですよね。ぼくたちって、ある種の価値観を売って、お金をもらっているわけですよね。それを9年やってて、ヘンに腰が低くなるのは、逆に聴いてくれる人に失礼かなって思って。堂々と、自分が今いいと思っている感覚とか、必要だと思うことを歌わなきゃ意味がないと思いますね。そう思ったら吹っ切れちゃいました。あとになって恥ずかしくなってもいいから、今歌っておこうって。だから大切なアルバムだし、たくさんの人に聴いてもらいたいアルバムですね。
アルバム・タイトルの『Cicada』って、英語で“蝉”の意味ですよね。蝉ってすごく日本的なイメージがあるのに、英語の単語があるのでちょっと驚きました。
槇原:実はそのうれしさで付けたタイトルなんです(笑)。 “Cicada”ってラテン語に近い感じがするじゃないですか。ということはすごく昔から世界にいたんですよね。
--それで考えてみたんですよね。海外の映画の夏のシーンで、蝉が鳴いてたかなって。
槇原:あまりないですよね。でも言葉があるんだから、いるんでしょうね。ロッキー山脈とかにもいるのかなぁ(笑)。いなさそうだね(笑)。でも蝉ってやぱり日本っぽいんですよ。それで恥ずかしい話なんだけど、それが自分の中で新しいんですね。英語兵機にしても、なんか“いなたさ”があるじゃないですか。そこが魅力で。すごく単純に生きて死んでというのを繰り返している動物なのに、根がたえていないということはいいことだな、と思って。蝉はずっと土の中にいて、生殖行為をするために地上に出てくるらしいんですけど、だから鳴いているのは求愛なんですね。だったらすごくロマンティックだなって思ったんです。恋をするために生きているっていう感じがするじゃないですか。“蝉”と聞くと“夏”というくらい、季節を意識させるパワー感があるものというのは、やっぱりLOVEなのかなって思ったんです。当の本人たちはどうかは知りませんけど(笑)。でも人の特技があるとしたら、そういった意味のないものに意味を見い出して、糧にしたりはげみにしたりするんだろうし、そういう意味ではすごくいいタイトルだと思っています。自分のアルバムの中でも好きなタイトルですね。

--さて、9月から、約1年半ぶりのツアーが始まりますけど。
槇原:あくまで演出上のテーマなんですけど、“光があって影がある”という感覚よりは、“影から彷佛する光”というか、アジアっぽい、影絵の世界といった感じでいこうかな、と考えています。すごく湿ってて、渾沌としているんだけど、なんかカッコいいな、みたいな。ぼくなりに考える“和”というか、“日本のポップスのコンサート”という感じでしょうかね。でもアレンジなんかも、究極というか、これまでとはバリバリに違う感じにしようと思っています。お客さんが怒って帰っちゃうかも(笑)。“この曲がこんな風になっちゃうんだったら、私はファンをやめるね”っていわれるぐらい変えようかと(笑)。
--これまでの曲も、アレンジを変えてしまうんですか?
槇原:ええ、みんなが大好きな曲も。“もう、お母さん帰る。槇原君のコンサートだったら大丈夫だとお母さん思ったけど、ダメだったわ”っていうぐらい変える、かも、って感じです(笑)。
--そんなこと言ったら、お客さんが来なくなっちゃうじゃないですか。
槇原:それは困りますね(笑)。でも逆により一層来るようになったりして(笑)。
--恐いもの見たさ(笑)。
槇原:最近、お母さん方も、けっこう突っ込んで来るんですよ。“私ゃ負けないよ”って感じで。だからどんどん親子連れできてね(笑)。すごくいいコンサートになると思いますよ。バンドのメンバーも、キーボードとギターの1人以外は全部変わるんですよ、今回。新しい人とやってみたいなと思って。……アヴァンギャルドですよぉ(笑)。ふたりスキン・ヘッド、ひとりモヒカンですから(笑)。あとひとり、茅ヶ崎のヤンキーみたいなヘア・スタイルしてて(笑)。でも非常にフィーリングのいい人たちで、アリーナ映えする人たちだと思います。音も微妙に変わって、楽しいコンサートになると思います。
--アルバムのサウンドはシンプルになってきてますけど、ライヴのほうもそういった方向性になるのですか?
槇原:全然(笑)。打ち込む、打ち込む(笑)。よくOLの人が“別腹”なんて言ってるけど、それくらい別物です。もちろん残していきたい“いい感じ”というのはあるんで、それは残していきますけど。
--じゃあ、アルバムを聴いてコンサートに行くと、また違った世界が楽しめる、と。
槇原:ええ、二度おいしくなると思うし、昔の曲を知っている人も楽しんでもらえると思います。エルトン・ジョンぐらいの大御所になったら、“やっぱり「ユア・ソング」は、いつ聴いてもあのアレンジがいいね”とか思うんだけど、ぼくなんかまだまだそんな領域じゃないし、新しくしていくことに命をかけてたりするんで(笑)、こっちのほうがいい音だねとか、そういったところで楽しもうかなって思ってます。ミュージック・フェスティバルって感じで。“ジャンボリー”ですね(笑)。



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