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RISING SUN ROCK FESTIVAL 1999 in EZO
1999.8.21(sat)at 石狩湾新港樽川ふ頭野外特設ステージ
●text/Yu-shi Mori  ●photographs/Tomofumi Yamada
 ロック・フェスティヴァルといえば1969年に「愛と平和の三日間」なる題目を掲げて開催され、大成功を収めた「ウッドストック」こそがその始祖、というのが一般的。ところが皮肉なことに2000年を目前に復活した「ウッドストック」は、動員こそ記録を塗り替えるほどの盛り上がりを見せたものの、結果は奇しくも「ロック」の持つダークサイドのみがクローズアップされる顛末をもって果てたようである。愛と平和を唱ったヒッピー思想だけではフェスは成立しないとの反省から収支やハンドリングまでをも含めた完璧な一大ロックフェスへの野望。これは空しい試みだったのか。嗚呼。
一方日本でロックフェスといえば、今年3回目を迎えた「FUJI ROCK FESTIVAL」を筆頭に挙げるべきだろう。日本での大型野外ロックフェス定着に向け確かな歩みを見せているこのフェスはテクノ、ヒップホップなどをも呑み込んだ今日の「ロック音楽」を一挙に体感できる大イヴェントで、国内外のビッグ・アーティストから注目の新人、そして全国各地から押し寄せたロック野郎たちで大いに盛り上がる。「今の日本で『ロック』って、どのへんを指すの?」という問いがあればこのフェス出演者を軸に考えてもよろしんじゃないだろうか。そりゃもちろん、ここまで細分化した音楽シーンであるからして「これぞロック!」「いやいやこちらこそロック!」といったような論議もありましょうが、現時点の日本に於いて「ロック」あるいは「ロック・フェス」のある種スタンダード化したことは否めないでしょう。
さて、本題の「RISING SUN ROCK FES TIVAL 1999 in EZO」通称「エゾロック」であります。その名の通り「北海道で夜明けを拝もうじゃないか!」というコンセプトのもと、8月21日午後1時に電気グルーヴの演奏で始まり翌22日朝6時サニーデイ・サービスで幕を閉じるという大野外イヴェント。私、単身乗り込みこの身をもって体験いたしましたが、非常に素晴らしいものでありました。「もう、すんばらしいっ!」と叫んでもいいくらい。このフェスの魅力は(1)イヴェントの牽引が出演者であった。(THEE MICHELLE GUN ELEPHANTブランキー・ジェットシティ、それに出演者と一体となりバックアップしたロッキング・オン・ジャパン) (2)なので出演者のセレクトにビシッと筋が通っており、最後まで場内の一体感が薄れなかった。 (3)広大な石狩平野を有効に使った会場設定によって、ストレスなく16時間を楽しめた・・・大まかに見ればこんなところか。
このイヴェントのために選りすぐられた15組の持ち時間は各30分前後。セットチェンジに各30分。そいで夕方と深夜に110分と50分の休憩ありというのんびり進行。出演順もあらかじめ告知されていて、お目当てが何時に出るのかやきもきしなくてもいい。いや「お目当て」があったにせよ、26,000人の観客は雑誌の記事やCDショップの試聴機でしか知らなかった「気になる」ミュージシャンの力演をこの素晴らしい場で体験できるという幸福を充分に享受できたはず。
電気グルーヴに続いて出演した我らがナンバーガール。「これが北海道?」と思いたくなるほどの暑さと強風吹きすさぶ中、並み居る強豪に先んじ強烈なロックパンチでご挨拶。はやくも放水車による捲き水が振る舞われる。続いてシークレット・ゲストのTHE MAD CAPSULE MARKETSで大いに沸き上がり、ZEPPET STOREの渋き英国ロックを聴いた後、ジャパニーズ・パンクのオールドスクールTHE HIGH-LOWSが登場。スパンキー・ヘアのヒロトが下半身をさらけ出して前半のメインアクト、Dragon Ashへと繋ぐ。 未だロック・スピリット溢れるTHE HIGH-LOWSと新世代の代弁者として信奉されるD.Aのコントラストがすごく印象的だった。
110分のトワイライト・ブレイクからUAへの橋渡しは盛大な花火。この時間はバックステージもなんとなく落ち着いて、出演が終わったチーム、まだまだ出番の遠いチームがそれぞれの立場でこのフェスをエンジョイしている。9時間先(!)の出番に備えてか、珍しくアルコールを控えて花火に見入っている曽我部恵一の姿がまぶたに焼き付く。 UAの存在感は別格だ。花火の余韻残る夜空に広がっていくハスキーで豊潤な歌声は、亡くなったフィッシュマンズの佐藤伸治に捧げた歌で締めくくられた。椎名林檎はトレンチコート姿で現れ、ピアノ弾き語りプラスバイオリンという構成で一気に歌い上げる。こちらも有無を言わせぬアーティスト・パワーを再確認。
夜も更けてきた。が、全然寒くねいぞ。さしもの北の大地も2万を超す観衆の体温でぬくぬくと暖まったのか?なんてことを考えているうちに今夜の主役、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTが登場。この時ばかりは何故かスタッフさんらもバックステージから走ってきてステージ前で踊り狂っている。息をもつかせぬロックン・ロールショウちゃあこのことだ。うむ、ミッシェル恐るべし。意外やノイジーでストイックなステージを繰り広げたpre-schoolの後は御大ブランキーだ。実は、まったくの初ブランキーでありましたが、う〜っむ、カックイイ!私には到底縁のない男の色気や刹那が湯気を立てて星空に吸い込まれていく・・・嗚呼。
ミッドナイト・ブレイク50分。狂宴はまだまだ続く。バックステージは、そろそろ眠い感じ?もしくは酩酊?ラスト4組の行く末や如何に?
深夜に響く爆走轟音はギターウルフである。この出番ちゅうのも意義深いぞ。何故ゆえ?ロケンローで目が覚める。一転してスーパーカーは夜明け前の静けさ的佇まいだ。ラス前のbloodthirsty butchersが出る頃には空が白んできた。私のような九州人にとって北国の夜明けは早い。これだけで感動だったりするのだが、ブッチャーズは良かった。本当に良かった。これほど、シチュエーションと演奏が一体となって感動を呼び起こすことって、こんな商売やっててなんだが、そうあるもんじゃない。「この曲を演るために、帰ってきました」と言ってギターを鳴らし始めた「7月」。忘我の吉村によって、すっかり明るくなった東の空に放り出され舞うギターはステージと客を遮るフェンスの前にポトリ、と転がり落ちる・・・嗚呼。
会場はすっかり清々しい朝である。極北のロックフェスも遂にエンディングだ。誰もが納得したサニーデイによるフェスの終演。「緊張はまったく無かった」と曽我部は言っていたが、実際の話、26,000人もの聴衆が目の前に居るにも関わらずいつもの調子で淡々と演奏が始められた。なんかステージの上だけ、まるでハメコミ合成映像のような違和感。だが、なぜかそれが逆にリアルだったりするから不思議だ。ラストのラスト「サマー・ソルジャー」〜「ここで逢いましょう」の名曲2連発はサニーデイのファンでなくてもロック音楽を愛する若者たちには、かなり効いたはず。 そして、長〜いプログラムが全て終了した。行列を作って会場から出ていく観客の顔は疲労と満足感が入り交じり、汗とかいろんなものできらきらと輝いててすごく魅力的で健全だった。
今、日本のロック・シーンは面白いし、日本のロック・フェスは素敵なのだ。もちろん、このフェスにしてもいろんな問題があっただろうし今後もクリアすべき課題は山積みであろうが、間違いなくしっかりと前を向いて進んでいるのだ。それは、そこに居た26,000人の観衆そして出演者とスタッフが証人となって今後に活かされていくはずである。 嗚呼、 行って良かった。
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