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1999年、これほど注目を集めた女性アーティストはいなかっただろう。
椎名林檎。シングル『本能』、アルバム『無罪モラトリアム』がいずれも大ヒットとなり、 その独特の世界観と存在感を持つ歌声は、多くのファンの心に攻め入ってきた。 そして2000年も、『罪と罰』『ギブス』というシングル2枚同時リリースからスタートし、 彼女の活動はますますアグレッシヴになっていきそうな気配に満ちている。 ”天才“とまで呼ばれるその怒濤の感性の中に秘められているのは、どのような表情なのだろうか。

 文/熊谷美広 TEXT by YOSHIHIRO KUMAGAI
 --『罪と罰』『ギブス』と、シングル2枚を同時に出したのには、何か意味があるのですか?
椎名林檎:どっちも出したくて、どちらかひとつに選べなかったので、みなさんに選んでいただこうと。好きな方が選べるというのもいいかなって。単純に。だからあんまり意味はないです(笑)。
--今、椎名林檎というアーティストが世に出す作品として、この2曲がフィットしていた、という感じなのでしょうか?
椎名:そうですね。もう、前から決まってたって言うか。だから、この前に『本能』を出すと決まってて、これを聴いていただくためのワン・クッションが『本能』だったという感じ。前フリっていうか。
--この2曲は、ライヴではすでに歌ってましたけど、ライヴで歌ってみて、お客さんの反応とか、自分が歌ったときの感触とかを掴んで、出るべくして出た、という感じなのでしょうか?
椎名:そうかもしれない。2曲とも、なんでお皿になっていないのか、といったお手紙とかを戴いたりもして。『罪と罰』に関しては私が振ったんですけど。“こういうのが表面 になる時代はどうよ!”って思って、お客さんに投げかけたら、出してほしいという意見も頂いたということもあります。
--『ここでキスして。』や『本能』って、サビのメロディなんかすごくポップだと思うんです。でも今回の2曲に関しては、ちょっと普通 だとシングルにならないような曲調だと思うんですけど。
椎名:そうなんだ。自分ではよく分かんないですね。シングルにするつもりだったし。でも今までのことは、これを出すための作業だったのかも知れないですね。こっからだぞ、という。
--この2枚を世に出すことによって、椎名林檎という人の本当の部分が徐々に出始めるのかな、という予感はありますね。
椎名:本当の部分というか、より濃い、というのかなぁ。今までも決して嘘じゃないし、一生懸命やっていたんですけど、デビュー・アルバムとしてはこうだろうとかいう意識はちゃんとあったし、これからどうなっていくのか……私はもう3枚目のアルバムのこととかも考えているわけだけど、時差があるみなさんにどういう風に届いていくかということは、気を揉むポイントではありますね。
--“戦略的”に、タイプの違った2曲を出しているわけではない、と。
椎名:2曲とも元々ある曲だから、リリースは後付なんですね。曲はできてくる感じだし、こういう曲を書こうと思ってできる人間じゃないので。だから私は天才じゃないと思うんだけど。私はあんまり作り手っていう意識がないのかなぁ、って思いますね。何かしら暗黙のルールに基づいた方法をとって、ポップという形を作っているだけであって、実は作ってるんじゃないんだよね。組み替えだと思う。それは生命の営みと同じようなもので、世界の中に自分に似た人が2人いるというのもわかるし、今音楽って高らかに言っても、聴いたことのないような物ってそんなにないよね。でも新しい人がどんどん出てきて、私もどんどん好きになって……それって音楽の形は関係ないんですよ、私にとっては。その人が好きというだけだから。だから作り手という意識はあんまりないし、パクるみたいなこともできないし。
--じゃあ、歌を作ったり、歌ったりする衝動というのは、どういったところから出てくるのですか?
椎名:人との交わりが、そうさせているんだと思っていて、はっきり言ってメチャクチャ自覚しています。この人と仲良くしたいという衝動があって、あ、この人面 白い、とか、素敵だ、とか思ったりすると仲良くしたいんだけど、どう言ったらその提案ができるかが、分からないんですよね。すごく好きだとか言っても、そう上手いこといかなくて、私の場合、行き着くところは、たいてい虚無の世界で。それで、21歳の小娘として、いちばんいい案を提案しようとすると、現実と虚無の表裏一体の境目に、私の場合曲が出てきて。だから納得していないんです、今の人に対しての自分には。なんかもっといい行動ができればいいと思うんです。もっとこうできるはずだと思うし、すごい上昇志向なんだけど、その間にムダが生じて、歌ってそのムダな汚物なんですね、きっと(笑)。ちゃんとした大人になれたら、脱モラトリアム人間になれたら、そしたら、曲は出てこないと思う。こういうタイプのはね。椎名林檎活動はできないと思いますね。ただ音楽というのはすごく好きだし、音楽というものに対しての概念はすごく気楽なところにあるから、音楽という表現はいくらでもできると思うんです、これからも。でも私は成長過程もけっこう佳境にさしかかりつつあって、大人に近づいていると思うんです。だからね、椎名林檎は、アルバムは3枚目までしか出さないんです。たぶんそれで終わると思っています。過信しすぎかな……たぶんそれで大丈夫になると思う。
--個人的には、『無罪モラトリアム』は、この後、椎名林檎という人が消えても、生命を持ち続けるアルバムだと思いますね。
椎名:ありがとうございます。だからね、私はベスト盤はいらないんですよ。3枚しか出さないから、ベストもクソもないって。それがベストなんだといえるものしか作らないと心がけていますから。
--アルバムが100万枚売れて、『本能』もベスト10にずっと入ってたりしたじゃないですか。そういうことについて、自分ではどう思っているのですか?
椎名:ヘンなの、というか、アルバムならまだわかるけど、『本能』とかでアルバムの数字が動くというのは、どういうことなのかなって、ちょっと悩んじゃったりもしましたね。なんでこの曲?看護婦だから?しかも看護婦がコスプレとかいう言われ方ってどうなんだ、とか思って。それは男性の勝手な意見だろ、勝手な概念じゃねぇかよ、チキショー、って、いろいろありつつ。
--椎名林檎って、数年前だったらサブカルチャー側の人だったと思うんですよね。こんなにメジャーになるんじゃなくて。
椎名:そうかな。こんなに曲はわかりやすいし、たぶん時代云々じゃないと思います。これで曲が“お前らわかんないだろう”っていう感じだったらそうかもしれないけど、こんなに外向いているから。最初は“アンダーグラウンド”とか言われたし、椎名林檎という名前で、“青森出身”ってよく言われたし、デビュー曲で『幸福論』を出したら、“寺山?”なんていう結びつきがすぐにあるわけ。そんなの知らない、っちゅう話なんですよ。メディアに出ちゃったりすると、礼儀もクソも無いのかなって思うくらいムカついたんだけど。人に対して、真っ正面 を向いているはずなのに、って思いましたね、最初の頃は。別に100万枚超えたとかいうのは、メーカーの人が、ちゃんと人の耳に触れる場を作って下さったからということで、すごく感謝してますけど、そういうの以外は、あんまり関係ないという感じですね。
--同じような現象で、椎名林檎=ヤバい女、みたいなパブリック・イメージも、一部ではあると思うんですよね。
椎名:壊れてる、とかね。頭悪いな、って思いますね、ただ単に。だってさ、まんまとメディアに巻かれているという感じじゃないですか。そういう人って、“東大生とかはこういう人”って決めつけているんだろうって思っちゃいますね。悪いけど、私には関係ないなと思っています。私は、素敵な大人の人になりたいと思っているから、そういうものに惑わされないようにしたいですね。
--さて、春から待望の全国ツアーが始まります。
椎名:テーマは“下剋上”です。最初のツアー(先攻エクスタシー)でまず攻めて、学園祭ツアーの“学舎エクスタシー”では、ステージに檻を作って、私なりのストイシズムを提示したつもりなんですよ。もう、最後らへんまで開かない、みたいな。ストイックっていう。だからもう一回攻められるかな、“下剋上”の意味は、じゃあ今度は私になるのかなって思っているので、次は天井落とすか、とか(笑)。天井に鋲がいっぱい付いてて、それがゆっくりと下がってくるのとか考えたんだけど、舞台監督が“無理”って(笑)。ということでまた最初に戻って。どうしようかな。それくらい期待してるだろうな、前列らへんの人たちは。その人たちだけのためにやりますからね、私は(笑)。いちばん大きく期待してきた人に、レヴェルを合わせておかないと、その人がガッカリだと、もう終わりだと思うから。これは悩むな。
--椎名さんって、ライヴだとCDとは全然違ったアレンジやアプローチで歌ったり演奏したりするじゃないですか。あれには特別 の意図はあるのですか?
椎名:それはやっぱり、その人たちのレヴェルに合わせているから(笑)。そういう人たちって、CDをすごく聴いてるはずでしょ。だったら、その人が新しい喜びを感じてくださらないと。
--椎名林檎という人にとって、ライヴという空間はどういう意味を持つものなのでしょうか?
椎名:聴く方としては、ラジオでかかると嬉しいレヴェル、CDを買いたいレヴェル、ライヴ情報を知りたいレヴェル、知ってお金を出して行きたいレヴェルというようなランクが、やっぱあるじゃないですか。私は貧乏な時代があったから、私の中ではそういうランク付けがあったんですね。そこまで到達しているくらいの気持ちで来てくれている人たちだから、楽しいですよね。同じことに悲しみや喜びを見出している人たちなんだろうなって、思ってできるというか、実際そういう感じはあるし、だからすごく楽しいですね。


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