WEB BEA VOICE Vol.254 TOP  BACK NUMBER  ARTIST INDEX  BEA-NET

椎名林檎 実演ツアー 下剋上エクスタシー
2000.5.31(wed)at 福岡サンパレス
 ●text/Saori Nakashima  ●photographs/Tomofumi Yamada

 ステージと客席とを遮る帳がオープニング・ナンバー『月に負け犬』のフレーズと共に切って落とされた瞬間、客席は大きなどよめきと歓声の渦に包まれていた。せわしなく点滅を繰り返す心電計。脇に置かれた人体模型や丸い照明は言うまでもなく、白衣を纏ったバンドのメンバー、手術衣のツアー・スタッフ。と、まぎれもなくそこは病院のオペ室。…ならば、中央に立った彼女は無論、件の看護婦姿であろう…と思いきや、予想に反し、いや、ある意味、それも《患者》的雰囲気を醸し出したという点では、ありな?バンテージっぽい質感をした真っ白なロング・ドレスで登場。ちなみに観客期待の看護婦コスチュームは、ステージ上で熱唱する林檎嬢を激写していた女性カメラマンが着用するという徹底ぶりで、もしやこれは世間が冒されているであろう《椎名林檎》という罹病に対するひとつの臨床実験なのか?とさえ思えてくる。ささくれだった音色の『弁解ドビュッシー』やポップな味付けが為されたカヴァー『君ノ瞳ニ恋シテル』、そして会場の歓声がひと際大きくなった『本能』は、さながら結滞した脈拍への過剰な刺激のようであったし、新曲『ギャンブル』『やっつけ仕事』という内攻をもって展開される『アイデンティティ』、『依存症』といった腫脹への投石は、とりわけ『正しい街』や『ギブス』『ここでキスして。』といった尊い美しさによって補完されているかのように…。
要するに、美しいコトバと多くのノイズによって生まれたアルバム『勝訴ストリップ』の効用は聴き手を《病み》な空気に導き、神経を上手く逆撫でするところにその狙いがあったと思われる。ある意味、『本能』という曲をリリースした時点で予見できたであろう一連の流れ。それに対する帰着点としての“下剋上エクスタシー”は、実にプロ的巧みな療病ではある。だからこそ、ここでの彼女が《患者》でこそあれ《看護婦》では決してない、という法則もわりとすんなり成り立つわけで。つまり、自らが徹底的に病んだ素振りを見せないことには、椎名林檎という病に冒されたリスナーの欲望に対するスケープ・ゴート的役割は果たせないのだ。
とは言え、そんな頭デッカチの妄想や憶測は彼女の前では役に立たない(笑)。何しろ、本編ラストは疾走系の名曲『病床パブリック』で、アンコール・ラストは『丸の内サディスティック』という、まるでわざと韻を踏んだかのような見事な並びで、ステージ上を去った後には、ご臨終の(?)花束が手向けられるという幕切れまで用意されていたのだから。にしても、前日この日のライヴを楽しみにし過ぎたあまり、熱を出してしまったという林檎嬢。前半やや抑え気味だったヴォーカルが徐々に解放されていく様は、一気昇天とは言えずとも、長い長いオルガスムスを経て辿りつくエクスタシーのように実に感動的な余韻を残してくれた。もちろん、7月30日には飯塚・嘉穂劇場での“実演キューシュー座禅エクスタシー”なる特別公演も予定されているとのこと。まだまだ椎名林檎への感染経路は広がりそうだ。


M1. 月に負け犬/M2. 弁解ドビュッシー/M3. 君ノ瞳ニ恋シテル/M4. 本能/M5. ラヴ・イズ・ブラインド/ M6. 正しい街/M7. 積木遊び/M8. あおぞら/M9. ギブス/M10. ギャンブル/M11. やっつけ仕事/ M12. 警告/M13. ここでキスして。/M14. アイデンティティ/M15. 幸福論/M16. 罪と罰/ M17. 歌舞伎町の女王/M18. 浴室/M19. 依存症/M20. シドと白昼夢/M21. 病床パブリック/ EN1. 同じ夜/EN2. 丸の内サディスティック