「想像以上のものはできよるかな」
 文/森裕史 TEXT by Yushi Mori
 
写真/久保憲司  PHOTO by Kenji Kubo


SPECIAL INTERVIEW

 この夏、各地ロック・フェスへの出演をはじめ、ライヴを重ねるごとに評価が急上昇しているロック・コンボ「モーサム・トーンベンダー」。ロック音楽の最たる核であり代え難い魅力である初期衝動やカタルシスをこれでもかと放出する強烈なステージ・アクトは必見。あなたも一目にして「こりゃ、スゴいバンドだ」と納得するだろう。実際、FUJI ROCK FESTIVAL出演時に体験したのだが、たった30分程度の演奏時間にもかかわらず通りすがりの客がどんどん増え続け、最後には大喝采となった。「なかなか、やるじゃねぃか、はるばる新潟まで行った甲斐もあるってものよ」とひとりごち。


 それぞれ地元では一目置かれた名門バンドを経て結成したのがちょうど四年前。決して奇を衒わない、しかしながら見る者、聴く者の全神経を引っ張り込んでしまう入魂の演奏がじわじわとシーンに浸透していき、このたび満を持してメジャー契約を結ぶことになった。そして出来上がったこのメジャー第一弾のニュー・アルバム『HELLO』。今までになくユニークな詞も含め、現代的ロックン・ロールの傑作だと思う。

百々和宏(Vo&G/写真中央)「五日間で録りました。全部録り下ろしです。リハは、二ヶ月くらい。『冷たいコード』だけは、ライブでも演ってたけど。実際、曲作る時間が、ツアーやりよるとき無かったんですよ。(録音が)五日間で足りん、というのはなかった。スタジオも三回目やし、エンジニアも三度目で、その辺の意志の疎通ができてきてて。俺たちも、レコーディングのブースに入ったらどういう演奏をやればいいか、とか、どういう気持ちの高め方できるか、っていうのが分かってきたし、その辺でもう作業はすごい早いっていうか」
藤田勇(Dr&Cho/写真左)「だいたい、誰かがフレーズ持ってきて、みんなでイメージして、固めていって。僕は、割とギターで、デモ・テープは作らずにスタジオで弾いてみて」
百々「一発演ってみて『そうそう』っていうこともあるし。(作曲者の)思惑が、弾いて演っても掴めんかったり、違う方向に行ったりしたときには時間がかかる。スムーズだったのは、『HigH』。勇が持ってきて一発で終わった」
藤田「いちばん難産やったのは、『-5゜C』。百々のイメージだと、この曲はすごい(音を)重ねたい、と。俺らが想像できんで、いろいろ話し合って。でも重ねるにしても、基本ラインというか、どういう曲かやっぱり想像もつかん、と」
百々「スタジオでリハーサルしよるときは、楽器が三つしかないから、うまく説明できんから。結局、組合わさった形の『その音』ちゅうのは、自分の頭ん中でしか聴けないというか。ほかのメンバーは。フレーズを一個聴かしても、ここからじゃ。何のことかわからん、と。でも実際レコーディングやったら、(手間が)かかんなかった。レコーディング入る前とかは、不安な部分とか毎回あったりするけど、想像以上のものはできよるかな」


話を聞く限り、民主的だがえらく効率の悪いやり方だなぁ、と思うのだが、結果的に五日間で終わらせているし出来上がった内容は十分に魅力的。これがあるからバンドは止められないってところだろう。
とはいえ、毎回のことだろうけど、産みの苦しみも充分に味わったようだ。

百々和宏「個人的には、あんまり (いろいろ)考え込まないようにしないようにしている。考え込むというか、例えば、ある言葉なり、フレーズが出てきたときに『これはいったい何やろう?』と考えるというか。ちょっとこう自己分析みたいな感じで、考えたりするのはやめようとか。なるべく素になろう、素になろうと。相変わらず、(作詞は)大変ですね。なんかこう、書いとるうちに、だんだん人に見せるのも嫌になったのもあって『わぁつまらん』と。そこから出るのに凄い時間がかかって。それ抜けたときは、もうトンネルから抜け出したような、ぱーっと景色が開けたような感じで、テンションも上がって、凄い良い感じなんでけどね。 (曲は)メロが先にあるから、それはそれで面倒くさいというか、だから『素になる』っていうのがでてきたんだなと。途中、何のために書きよるんかわからんくなって。『他人のために書きよるんかなぁ』と。でもまぁ、それが今回レコーディング中に開けた感じがあって」
藤田「これからCDとライヴを分けて考えようかなと。CDでは、CDでしかできんことをやっていきたい、と。音の重ねとかでもそうですけど、ギター、ベース、ドラム以外の楽器とかも演奏して入れていきたい。ライヴはCDと違って、ライブでしかできんことも絶対あるから、そういうのも追求していきたいというのもあるし」


 この話で思い出したのは、最初に聞いたモーサムのデモ・カセット。あちこちで「ライブが良い」と評判の彼らだが、『未来は今』などは、ちょっと音響派を感じさせる浮遊感を湛えた名曲で、スタジオ・ワークにおいてもすごく可能性を感じさせてくれたのだ。実際、藤田のこだわりは、CDジャケットのデザイン含め相当に強いようで、プロデュース能力の高さを感じさせる。今回の作品でも、ライブ感たっぷりのひしゃげた轟音の中で、ハモニカやコーラスが効果的に配されていたり、鳥のさえずりとアコースティック・ギターで、ある種の癒し系(失敬?) を思わせる小作品などがある。総じてサウンド・プロダクションのレンジが広く、彼らの潜在的な音楽指向がよく分かるし、今、やれることを、いい感じで具現化できたのではないだろうか。
とはいえ、そんなCDのサウンドを、そのまま三人で再現するのは困難だろう。ライヴと分けて考えたい、という意見はもっともだ。話を戻して、ではライブに対してどのような意識を持って臨んでいるのか?

武井靖典(B&Screaming/写真右)「集中して、瞬間にギュッて。『ドーン』といく時とか、大事にしようかなって感じです。ライブ中は、どっちかちゅうと無我夢中であんまり覚えてないけん、叫んだりするのも『カーッと来てワーッ』という感じやけん。全然関係ないところでも、カーッて来て後ろ向いて『ワーッ』て言いよったり(笑)。なんちゅうか、そういう集中も無意識にできるようになりたい。すーっと戻って正気なって、あーって思ってだんだん緊張してきて、なんか、あーって感じになっちゃうんですよ(笑)」
藤田「武井君が叫んだことがすごく面白かったりして、燃えてくるというか。自分も頭真っ白になって、次の曲順とか考えられてないとか、武井君がカウント入れたら自然に体がその曲を叩いてしまったりとか・・・」

  こういうコメントひとつをとっても、バンドの上り調子というか状態の良い感じがすごく伝わってくる。ドラム、ベース、ギターという最小限のロック・コンボだからこその一体感は見ていて小気味よいものだ。武井の叫びに反応してヒートする、ってのはライブを見ているとほんと良く分かる。スタジオでも、ライブに於いても、平等で民主的にみえるモーサム・トーンベンダー。もちろんそれは、個人個人の資質やメンバー間の相性が大きい要素なのだろうが、地元・福岡時代のバンド活動も無視できない経験になっているようだ。音楽に生活を捧げ続けた、とも言える彼らのキャリアを「酸いも甘いも噛み分けた大人ですな」とからかえば「いやいや、酸いも、酸いも(笑)」と笑ってみせる余裕と自信、俺も見習わなければ。

百々「でかいと思いますよ。バンドをやる上での考え方とか、うまいことバンドを回すためには、自分はどういう気持ちでやったらいいかな、とか。バンドやるのって、そういうとこが一番難しかったりするじゃないですか。長いことバンドやってて、いろんな町でライヴやっていろんな人と曲作って、っていうところからバンドやるうえでの自覚ができたと思いますね」 藤田「うちらとかは、誰かが背負い込んでないかなぁ。三人で作って。他のバンドは、だいたいボーカルの人が曲作って、ボーカルの人が背負い込んじゃうってのが多いようだけど」

  彼らのことを考えるとき、いつも取り留めなく思うことがある。というのは、バンドをやっている人たち・・・バンドをやるぐらいだから、そりゃ普通の人より音楽が好きで音楽を演りたい気持ちは強いだろう。が、モーサムの三人には何となく格別な『本気』かつ『天然』のロック演奏者を感じるのだ。天然の本気というべきか。ごく普通にシンプルに演っても素晴らしい作品が生まれ、素晴らしいショウを見せてくれる 。

藤田「制限しないようにしたい。自分らはこんなバンドだ、みたいなことは、なるべく決めないでやりたい」 百々「まわりから『モーサム・トーンベンダーってこういうバンドですよね』って言われ出したら、壊したくなるし、そうするためには自分らでも『これはモーサムらしい、これはモーサムらしくない』っていうのばっかりに囚われだすと、どんどん狭まってくるし。・・・とか、言っときながらも、出来ることってぜったい限られてきますからね。でも、そういう意識は持ちたいです」 

●1997年福岡晩秋/百々が首謀者となり結成。一つだけ相談して決めたことは「最初の一音で周りの風景、雰囲気を変えられる音を出そう」ということ。
1998年/天神ビブレホールや黒崎マーカスを中心にライブを始動。ツアーバンドからの指名が多くなる。 初めてカセットで音源を制作。一般流通はせず、親しい仲間にのみ配布あるいは小銭と引き替えられた。
1999年あたり。自主イベントや東京方面へのツアーを開始。\500のカセットを自主制作。ライブのたび50本単位で売れ続け、トータルで数百本を超える。カセットと同じく8畳のスタジオで一発録りされた音源は「DRIVE」(QUATTRO/UKDISCS)というアルバムとなって1999年の暮れ世に出る。 2000年を迎えて。EL-MALOの會田氏率いるFOEとのスプリット作品を発表。同時に合同ツアーも敢行。アルバム「DAWNROCK」発売後、54-71とのツアーも無事成功を納める。 2001年。東京に移住。4月には実質最後のインディーズ作品「echo」をリリース。その発売ツアーを終え、夏にはイベントにも多数出演し、ますます評判を上げながら待望のメジャー第一弾「HELLO」をリリース。
◆◆◆MO'SOME TONEBENDER オフィシャルHP◆◆◆
http://www.mosome.com/enter.html
■NEW ALBUM
『HELLO』
POLYDOR
\3,059(tax in)/NOW ON SALE