キングスネーク伝説

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Legend of KingSnake

【博多のロックの殿堂】

中学2年の、ホーム・ルームの時間。タバコのやにの臭いがする担任が教壇に立ち、皆に聞きたい事がある、単なる調査だから正直に答えてくれと前置きして、尋ね始めた。
「ちょっとみんな、眼つぶれ、お前達ぃ質問するけん、正直に手ば挙げれよ」
「まず、エレキば持っとう人」
「エレキのレコードを持ってる人」
「エレキのコンサートや、ダンスホールに行った事のある奴・・・」。
エレキのレコードを買うなとは言いはしないが、エレキ・バンドは良くない人達だからそんなレコードを聞いたり、エレキのコンサートやダンス・ホールに行くと良くない学生になるから、そんな所に行っちゃいかんという話しになるのだ。エレキ、長髪(チョウハツと読む、ロンゲで はない)は公序良俗に反する事だから、この町から無くしましょうと採決した恥ずかしい行政(足利市)も有ったほどだから教育委員会がガタガタ言うのは日常茶飯事と思って良いくらいだ。信じられないだろうが、ロック封建時代でした。
 ダンス・ホールやコンサート会場はもちろん、映画館なんかにも学校の教職員、教育熱心という服を着たようなおじさん、おばさん達が待ちかまえ見かけだけで判断して、エレキを好きそうに見えるから不良少年少女に違いないと、簡単な職務質問のような事をして、その場から立ち去らせようとする、最近では耳にしなくなった「補導」という事が行われていた。だからと言って、中高生がダンス・ホールやコンサート会場にいないかと言うとまったくそんな事はないのである。
あのホームルームのすぐ後、九電記念体育館(普段は九電体育館と言っていた)に、親にも学校にも内緒で行ったのは、アニマルズの福岡公演です。「朝日の当たる家」「朝日のない街」「悲しき願い」がナマで聞ける!見れる! がられたっちゃ良かけんという行こう。
エリック・バードンはチビだけど歌はうまいし、オルガンがかっこいい。将来ジミ・ヘンドリックスのマネージャーになるチャス・チャンドラーの本物も見れた。初めてのブリティッシュ・ロック(?!)は1965年5月の事である。
この年の夏にはベンチャーズが九電記念体育館で初来福ステージを見せてくれた。翌年の1月15日にはビーチボーイズもやって来た。ベンチャーズは博多のエレキ・バンドを前座にしたりして幾たびが、博多のロックの殿堂−九電記念体育館−のステージに立ったのである。
チョコレートのCMで人気のあったイン・マイ・ルーム・ウォーカー・ブラザーズの散散(後)コンサートも1968年1月6日、九電記念体育館で行われた。女性ファンが多い熱狂的なコンサートだった。この時もナマ写真でレコード代稼ぎをしたものだ。彼らの大阪での実況録音盤が発売されたが、九電体育館の時と曲目、構成ばかりでなく、なんと歓声も まったくと言っていいくらいそっくりだから聞いてもらえば解る。
 城南線(西鉄の路面電車)を降り、交番を過ぎたとたん小走りになってしまう経験がある人は多いんじゃないだろうか。いまでこそ、ビジネス見本市の会場になってはいるが、博多のロックは九電記念体育館から始まったんだ。

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