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- 【ビートルズがやって来る】
ミュージック・ライフやヤング・ミュージックといった音楽雑誌はもちろんのこと、一般の雑誌、新聞にも「ビートルズ来日公演」!?という記事が目につくようになった。
6月末から7月初めに日本武道館でコンサートをやる事が決定したのだ。 ビートルズ来日記念盤としてイギリス盤の曲順で「ミート・ザ・ビートルズ」「ウィズ・ザ・ビートルズ」が発売された。新曲が有るわけでもないし、東芝音楽工業のOdeonのモノラル盤「ミート・ザ・ビートルズ」「ビートルズNO.2」の迫力と曲順がが最高と思っていたけど来日記念盤は2枚とも買ってしまった。
ステレオ盤という事と見開きジャケットの写真が気になったのだ。「抱きしめたい」や「プリーズ・プリーズ・ミー」なんかをステレオで聞きたかった。
4曲入りコンパクト盤も「ステレオ」と言うことで発売されていたが、どうも疑似ステレオっぽいと思っていたし、買ったその日に自分の部屋でステレオで聞けるのだから。「疑似ステレオ」、中年を過ぎた人にしか理解できないだろう。少し若い人にはステレオ・トランスプリクションという横文字を見た事が有るかも知れない。い。疑似ステレオはモノラルのマスター・テープをイコライザーで高音域〜中音域〜低音域の音を右チャンネル、左チャンネルに分離しただけのもの。極端に言うと、右よりにシンバル、左よりにベース、中央あたりに歌声となるのだが、わざわざ電気処理するほどの価
値など「疑似ステレオ」には有りもしない。
「ビートルズ来日記念」の雑誌も何冊も出版されたりしたが、絶対に欲しいのは「ビートルズ来日公演」のチケットだ。それまでもチケット発売当日の朝早くプレイ・ガイドと言うか入場券売り場に並んだ事も有ったが、ビートルズの場合並ぶ代わりに、往復はがきで応募して抽選販売という前代未聞の販売方法だった。
少ない小遣いの中から買えるだけの往復はがきを買って「ビートルズ入場券希望」と書いてポストに入れた。きっと「今週のポピュラー・ベスト・テン」や「ポップス・タイム」のリクエストはがきの枚数が少なくなったのではないだろうか。
「ビートルズ日本公演」のチケットは2000円だったからLPレコード1枚分だ、なんとでもなる。悩みの種は東京までの旅費である。夜行列車で行き、コンサートが終わり次第夜行列車で帰ってくれば、列車代と数回の食事代程度というのが最低限だと計算した。
親に頼んでも「馬鹿たれがーっ」の一言。
でも、なんとかしないと「もうビートルズは二度と見られん」と思っていた。ビートルズを見る事が出来る、早く引換券が送ってこないかと楽しみにしていた。
「はがき来んやった?」
学校から帰ってきたら「ただいま」の代わりに毎日言っていた。「来とらんよ。何十万枚もはがきの来とうってやけん、当たるもんねっ」が毎度の返事だった。そんな日が続いていたある日「来とうよ」と待ちに待った返答が返ってきた。自分で書いたあて先、間違いなく例の返信用はがきだ。 「残念ながら応募者多数のため抽選の結果云々」と印刷されたはがきが数枚届いていた。膝に力が入らない、声も出ない。追い打ちをかけるように「何十万枚もはがきの来とうってやけん、当たるもんねって言いよったろうが」と非情な言葉が聞こえてくる。僕は、力のない声で「まぁだ、全部来た訳やなかもん。当たったはがきゃあ後から来るとっ」と言いながら、明日のポスト・マンに期待していた。
その翌日、僕が出した往復はがきの返信用はがきは全て僕の元へと戻ってきた。一枚として「ビートルズ日本公演入場券引換券」等とは印刷されていなかった。
結局、友達や友達の友達も含めてビートルズ日本公演のチケットを手にいれる事が出来るはがきを持っている人は、僕の周りには居なかった。
僕にとっては、幻の日本武道館となってしまったが、喜んだのは家族だっただろう。「当選」のはがきが届けば、家出同然の東京行きとなっていただろうし、それを回避しようとすればタイキンが必要になるのだから。ともあれ、ビートルズは帰って行った。
僕が19歳になった時、ビートルズの日本公演を見に行ったというおじさんに居酒屋で出会った。実際に体験した者でなければ話せないとをこと細かく話してくれた。
その頃、僕はビートルズよりも他のバンドに夢中だったから興味は有るが、目を輝かせてという程ではなかったが、彼の一言「一枚余っとったけん。君にやれば良かったね」
「ここで言うて、どけんするとやーっ」僕は目をギラギラ輝かせて言った。 それが「ビートルズ」で目が輝いた最後の事となった。

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