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- 【知らないうちにモンキーズ】
高校生の世の常。サボリ。
映画を見に行く、スケートをしに行く、何もしないけどさぼりたい。友達や親類を殺しはしないけど、何度となく急病とか危篤にしてしまったり、都合良く頭痛也腹痛を訴えたりしたのは僕だけではないだろう。理由がなくなれば、理由を思いつかなくてもとにかく教室からエスケープする。
一年生の二学期のある日の午後、本気で腹痛を起こした。担任の先生に
「ハラが痛くなったので早退します」
「またや、病院に行って診断書持ってこい」といつもと違う態度に一瞬あいたっと思いつつも、まっ、いいかと学校を後にした。
この日は仮病ではなかった、本当に痛かったのである。家に帰って、ゆっくりレコードでも聞こうと思っていたけど、なかなかハライタは治まらない。レコードを聞き始めたら治るだろうと、へんな治療方法を考えていたが、夕食すら食べる気がしない。そんなつもりは無かったのに、病院へ行くはめになった。
医者が「キューセイモーチョーエンです。すぐセッカイしましょう」
とにかく、診断書が必要になった。担任の指示通り、翌朝には診断書がちゃんと準備されていた。当然、自分では持って行けないのだが。
たまたま、個室しか開きベッドがなかったので、ゆっくり入院生活が送れる。ステレオはないが、トランジスター・ラジオで音楽番組をじっくり聞く事が出来る。 当時、僕が持っていたトランジスター・ラジオは、中学生の時に手にいれたトーシバのヤング・セブンという、長方形の中央に横向きの楕円形をした金色のスピーカー・パネルがポイントで本体の左右上部にチューニングとボリュームの黒いダイアルを指でこするように上下に回すというものだった。もちろん、ラジカセのような音は出ない。しかし、レコード・プロデューサーには、トランジスター・ラジオを始めとするHiFiじゃない音響機器で再生したときにこそベストサウンドとなる音作りをしていた人はたくさんいた。
ラジオ少年だったが、病室で初めて聞いた曲が「ラスト・トレイン・トゥ・クラークスヴィル恋の終列車」だった。毎日、何度となくラジオから流れてくるモンキーズという間抜けた名前のバンドは一体なんだろうと思っていた。友人がミュージック・ライフの11月号を持ってきてくれた。
なんと、モンキーズの写真が載っているではないか、全然知らないうちにというか、とにかくもの凄いスピードでスターとなってしまったのだろう。
でも、ガキのバンドだ。退屈な入院生活のなかで何度も聞いていなかったら、何枚ものアルバムを買うこともなかっただろうと思うほど、何十回となく聞かされた。ビートルズに対抗するためアメリカのプロダクションが公募して作ったグループだと判った時には「アイム・ア・ビリーバー」が驚異的な大ヒットとなっていた。
僕ひとりの病室は夕方ともなると、ちょっとしたたまり場となった。まれに、さぼりの暇つぶしの場所ともなったが、何せ手術直後だ。あれ食べたい、これ食べたいとも思わない。見舞いのフルーツ・バスケットには必ずと言っていいほどバナナが入っていた。当時はバナナはまだまだ高級品だったのである。せっかくだからと高級品を持ってこられた結果、今の僕はバナナが大嫌いな人間となってしまった。
ところで、僕は酒が大好きだ。この頃既に晩酌めいた飲み方もしていた。病室の窓から寿司屋が見えるのだ。退院が近ずくにつれ、寿司をつまみながらきゅっと一杯やりたくなってきていた。当然の事のように、同級生に頼んだ。「寿司屋でにぎり一人前、ん並でよかけん。それと、ちょっと行ったら酒屋のあるけん。二合瓶でよか」。この年になっても寿司屋で、有線か何かでモンキーズが流れると僕は高校一年生に戻ってしまうのだ。

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