キングスネーク伝説

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Legend of KingSnake

【篠山脱退】

サンハウスのメンバー達の収入は、毎月の給料とコンサート毎にいくらかのギャラを加えて支払われる事となっていた。しかし、それとて普通の社会人の収入と較べるとほんのわずかな金額でしかなかった。
つる田からは、モニターだからと只だと聞いてていたPeaveyのアンプは、実は夢本舗には、ちゃんと請求書が送られて来ていた。コンサートのギャラの未回収だってあった。鶴田に頼まれて、僕はいくらかでも回収できればと、やくざまがいの方法で、未回収のギャラと僕の交通費を集金して来た事もあったが、焼け石に水だったのだろう(と思っていた)。
明日のロックンロール・スターをめざし、練習に練習を重ねて行けば行くほど、貧しい生活が続くだけだった。独身の三人はなんとか辛抱できただろうが、鮎川と篠山にとっては並々ならないプレッシャーだったにちがいない。
「篠山が抜けるときは、生活の事は大きな問題だった。自然に抜けていったという感じだった。浦田がやめた時に、今から上り調子というのにお前が辞めたら困る、残ってくれと説得したようなエネルギーはなかった。現実的な事から目をそらせない時期がきていたから、辞めると言われても、しかたないねとしか言えなかった。夢本舗も大変、僕も子供が出来て大変、篠山も熊本で結婚式を上げて奥さんをもらっていた。夢本舗も給料を払ってくれていたが、サンハウスもさほど稼いでいなかったと思う。そんな時に篠山がバンドを辞めると言ったのは、普通の大人として当たり前の事だった。いくらやせ我慢して、ロックの美意識の名のもとにと言っても到底歯がたたない世界だった」
と鮎川は遠くを見つめるように語ってくれた。
当時台頭しつつあったパンクに柴山や鮎川が傾倒していたが、篠山は小沢正一言うところの大道芸に興味を持ち始めていた。パンクなんかは芸じゃないとつっぱねていた。サンハウスのメンバーの知人でもあったヒッピーのアリちゃんと篠山の親密なつき合いが始まっていた。サマー・オブ・ラブの昔のように公園なんかで楽しく演奏したいと言い始めていた。篠山は柴山と折りが会わずに何かにつけて反対の事をするという感じだった。柴山はメジャー指向、篠山はヒッピー指向で、ショウ・ビジネス対ナリュラリズムの違いだった。バンドのメンバーを集めて、サンハウスを作った篠山の指向が、その後バンドの音楽的方向性とは違っていった事で何かとバンド内で衝突が起こっていた。
そんな頃、篠山の美野島の実家が火事にあい、篠山の兄さんが亡くなるという不幸な事件が起こった。この事件の後、篠山の心に自分の人生を見つめ直す何か大きな変化が現れたのだろう。ある日のコンサートで四人はステージから降りて来たが、篠山はステージでチューニングをしたり、アンプの調整をしていた。その時スタッフが、アンコールは大丈夫かと確認してきたので、ステージに向かっていたら、篠山がステージに立っている時、緞帳が上がった。アンコール終了後、篠山はきちんと打ち合わせや連絡が出来ていないから恥をかいたと柴山にくってかかった。その日の打ち上げの時に一旦は仲直りしたが、経済的な問題と音楽性が食い違ってきた事により、篠山はついに柴山にサンハウスを辞めると言ってきた。
ビッグ・トゥギャザーでのライブが篠山の最後のステージとなった。浜田や浦田は、楽器を別の場所へ持って行って、サンハウスとは違うロックを続けていた。もしかしたら、どこかでサンハウスと同じステージに立つかも知れないという期待が持てたのだが、篠山はブルーのストラトキャスターをケースに入れたままにしてしまうのだ。
悲しかったのは僕だけではないだろう。篠山脱退を知ったファンも同じ気持ちだった。残ったメンバーやスタッフも悔しかっただろう、でもいちばん辛かったのは篠山だったに違いない。貧乏でも好きなロックがやれる、夢を喰って生きていく時代はとうの昔に過ぎ去っていた。 篠山は、良い辞め方で自らメンバーを集めたサンハウスを去った。惜しまれてもなく自然に風のように消えていった。 ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズと同じ様な立場にあったサンハウスの篠山哲雄。
世界三大リズム・ギタリスト、ベンチャーズのドン・ウィルソン、ビートルズのジョン・レノンそしてサンハウスの篠山哲雄なのだ。

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