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- 【ガッ・メニー伝説】
ある晩、「ヤング・ポップス」を聴いていたら、松井氏がリスナーに10分間、番組をプレゼントするから好きな曲をかけたい人は葉書を下さいと言っていた。
かけたいと言うよりも、松井さんに会いたいと思ってはがきを出したら、さっそく連絡があった。かけたいレコードを持ってKBCのスタジオへ行く事になった。松井さんに会ってロックの話しを聞か
せてもらおうと思って行ったのだが、松井さんもさる事ながら、KBCはすごかった。なにせ、航空便で取り寄せた輸入盤で、最新ヒットをいち早くオン・エアーしていたし、日本で流行らないとか、リリースされないシングル盤まで、あそこの資料室には有ったのだから。
KBCに着くと、もう一人レコードを抱えた高校生がいた。そこへ松井さんがやってきて選曲する事となった。
「今日は、なに聞かせてくれるの」
僕は椅子に座って脚を組んだジミ・ヘンドリックスがコーラの瓶を持っているジャケットのアルバムを取り出した。
「Jimi Hendrix Experienceの2ndアルバム“Axis:Bold as love”A面最後の曲“If 6 was 9”
これサイケで凄い曲なんです。」
「もう一曲選んでくれてるかな」
「Rolling Stonesの“In onother land”」
と言いながら、傑作サイケ・アルバム「サタニック・マジェスティーズ」を取り出した。
ビル・ワイマンが歌うサイケな曲を選んだ。とにかく、サイケでイコウと思って準備していたのだ。
もう一人の彼は、ジミ・ヘンドリックスよりも斬新かつ過激なジャズ・ロックの貴公子ラリー・コリエルをフューチャーした曲を2曲選んでいた。 JCOA(Jazz Composers Orchestra Asociation)のアルバムにたった1曲収めれたラリー・コリエルの曲と、スティーブ・マーカスの「トゥモロー・ネバー・ノウズ」(もちろんビートルズのカバー)だった。彼との出会いはソニー・ロリンズの「モリタート」がジャズだと決めつけていた僕の固定観念を打ち破るきっかけとなった。
松井さんと一緒にマイクの前に座った僕は、準備しておいたカンニング・ペーパーをテーブルに出した。で曲の紹介とかをほんの数分話すのだが、見えない聴衆を意識してしまって何を喋ったのか思い出せないような状態だった。もちろん、カンニング・ペーパーなんて書くだけ無駄だった。
あーぁ、友達になんて言われるかいなと思いながらスタジオを出た。
「ヤング・ポップス」の収録が終わり、ロビーでコーヒーをおごってもらった。帰りぎわに松井さんが土曜日にも収録があるから遊びにおいでと言ってくれた。「ヤング・ポップス」の最終回までこの習慣が続く事となった。
僕やラリー・コリエルの彼のような連中が何人もいて、彼らが後にシュンサク兄ィ、やクッキー、スコット、ジョージ、キャプテン・ヤンポとなったのだ。
- GOT MANYについて
- GOT MANYは福岡クロスFMにて木曜日24時から25時までオンエアー。
お相手は谷村香織と松井伸一。がめに倶楽部スタッフによる20〜30年前のロックを中心とした音源持ち込みの番組。95年 4月からスタートしたロック・ファンのためのロック・ファンによる番組です。楽しく、面白くそして何より為になる一時間です。
このホームページでもオンライン阪GOT MANYの掲載を予定しています。
ココには博多のロック特集をした際のページがあります。また近日中には鮎川誠氏がナビゲーター出演してくれた時のテープをテキストに書き起こしたものをアップします。

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