キングスネーク伝説

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Legend of KingSnake

【サマー・オブ・ラブ】

このテキスト部分は筆者キャプテンヤンポがクロスFMのGOT MANYにオンエアーしたサイケデリック特集用をまとめたものです。

1967年は、素晴らしきSummer of Loveの恵みをもたらしてくれた。
Are you experienced?とSgt.Pepper's lonely hearts club bandが5月にイギリスで発表され、ポップス、ロック・ファンの度肝を抜いた。追い打ちをかけるように6月16日から三日間、San Franciscoから南へ下った港街ではMonterey International Pop Festivalが開催された。
この三日間のコンサートの出演者は次の通り

 
Otis Redding with Booker.T &MG's Lou Rawls
Paul Butterfield Blues Band Electric Flag
Big Brother&HoldingCompany Grateful Dead
Country Joe &Fish Byrds
Canned Heat Mamas &Papas with Scot Mckenzie
MobyGrape Quicksilver Messenger's Service
Johnny Rivers Steve Miller Blues Band
Jefferson Airplane Buffalo Springfield
Simon &Garfunkel Asociation
Blues Project Al Kooper
Ravi Shankar Eric Burdon&Animals
The WhoJimi Hendrix Experience

このフェスティバルの出演者でシスコ・サウンドとかサイケデリックロック、ニューロックと位置づけられる事がなかったのは7組だけだった。Jefferson Airplaneの「Somebody to love」「ホワイト・ラビット」Doorsの「ハートに火をつけて」が大ヒットし、GratefulDeadが1stアルバムを発表したのもこの年だった。
国内ではタイガース、テンプターズ等のグループ・サウンズが登場したばかりで、せいぜいゴールデン・カップスの「いとしのジザベル」、ダイナマイツの「トンネル天国」、ハプニングス・フォーの「あなたが欲しい」、ミッキー・カーティス&サムライの「風船」くらいがちょっとチガウ曲だった。
また、視覚的なサイケとしては新宿にサイケ・ポスターの店ができたり、ミニ・スカートの女王ツィッギーの「サイコデリック・ファッション・ショウ」が武道館で開かれ、「ハプニング」「イェイェ」(レナウンのCM)がそれらしい程度だった。

Grateful Dead
 
その存在そのものがサイケであると言っても過言ではないだろう。
バンド結成からの数年間はそれ一筋だったバンド。Acid testに無くてはならないのがこの人達。Hells angels御用達バンドでもあった。
1曲もしくは数曲を切れ目なく12時間延々と演奏する彼らのサウンドは「パープルの怒涛の壁で、ガルシアさんの剃刀ギターが流れるところには、薔薇色の赤い血が溢れ出す」。
95年8月9日に他界したJerry“Captain Trip”Garciaさんの生活そのものがこのバンドだったのだろう。残されたデッド・メンは95年12月、The Grateful Deadを永久欠番とすると発表した。けして、解散という簡単なものではない。

Big Brother&Holding Company
テキサスのブルース娘Janis JoplinがいたからこそHolding Company有りと言われていた。
サン・フランシスコに出てきた彼女は、Jorma Kaukonen(後にJefferson Airplaneのメンバーとなる)等と歌ったりしていたが、Big Brother&Holding Companyのボーカルに迎えられてブルースとサイケが入り交じったバンドの中で人気を独り占めしていき、我々も聞く事が出来る事となった。
1970年10月4日、彼女は若くして亡くなったが、Big Brother&HoldingCompanyのメンバーは今でも、ロックをやり続けている。1995年、来福したGrateful DeadのBobWeirの話しによると、彼女はG.Deadのパーカッショニスト、Micky Heartとデキてたそうです。

Canned Heat
ホワイト・ブルース初のヒットとなったCanned Heatの「On the road again」は、ブルースだからでも、バンドがかっこいいからでもなく、ただただハイな時にイイ音なのである。
ボーカルのBob HiteはBear熊と言うあだ名の通りの大男だし、ギターとボーカルのAlWilsonはギターだけでなくハープもバンドいちブルージーだったが、牛乳瓶の底眼鏡だし、ベース、ドラムともにオイサン然としていた。ただリード・ギターのHenry Vestineはサウンドも身なりもサイケだった。
彼らの十八番は、John Lee HookerのBoogie chilenをモチーフにしたブギーだったが、スタジオ録音でも10分、二枚組アルバム「Living the blues」にはLP一枚裏表40分の「Refried boogie」のタイトルでライブ・ヴァージョンが収められている。

Country Joe& Fish
カントリー・ジョーは元々、フォーク・ソングの人で、一人で歌う事もあったが、バンドThe FishとのサウンドはR&Bをベースとしたサイケ・サウンドだった。この人が、日本で有名になったのは映画「Woodstock」の中で、アメリカ陸軍のユニフォームを着て歌った「Fixin'to die rag」だ。
ギミ・ア・F,ギミ・ア・U,・C,・K、ベトナムに爆弾を落として、ベトコンを撃ち殺そう、さぁ、もうすぐベトナムだと歌う反戦ソングだ。

FishとのアルバムではギターのBarry Melton(ウッドストック、雨の中で「ノー・レイン、ノー・レイン」を最初に歌った(?)赤シャツの人)のGibson SGが安っぽいオルガンとマッチしてほど良いサイケデリック・サウンドを聞かせていた。

Steve Miller Blues Band
2ndアルバムまでは好きだったが、だんだん嫌いになった。ボーカルがしゃばい。ギターが大人しい。
それもそのはず、Boz Scags。Steve MillerもBozも、レイド・バックならいざ知らず、AOR化していってしまい、ちょっと違う音楽になっていった。でも、新大陸を探し出す航海に乗り出すような景色で始まる2ndアルバムは傑作である。

Jefferson Airplane
West coast soundと言えば、EaglesやDoobie Brothersが代表のように思われているが、この言葉は元々San Francisco周辺のバンド達の事を指していた。中でもJeffersonAirplaneは、サン・フランシスコのバンドでは最初にメジャー・レーベルでレコーディングしたバンドだ。
1stアルバム「Takes off」レコーディングの後、ボーカルの女性SignetlyAndersonが、GreatSocietyのGrace Slickに替わり、そのサウンドも大きく変化を遂げた。Graceが書いた「White rabbit」とGraceの前夫Derbie Slickの「Somebody to love」をJeffersonAirplane<が2ndアルバム「Surerealistic pillows」の為にレコーディングした事によってサイケなバンドになっていった。
Jorma Kaukonenのギターもさることながら、Jack Cassadyのゴキゴキ・サイケデリックベースが造り上げる音の中を飛び交うGraceのボーカルがたまらない。Gruntという自分達のレーベルを創り、ウエスト・コーストのミュージシャンのレコードも出していた。
JeffersonStarshipまでは、なんとかJ.Aの名残をとどめていたが、Starshipとなってからは僕の範疇から消えて行った。

Blues Project
「No time like the right time」、「I can't keep from crying sometime」のヒットを出したバンド。元々、スタジオ・ミュージシャンだったAl Kooperが創ったバンドだったが、彼は放り出されてしまった。その後、Bob Dylanの「Highway 61 revisited」のセッションで知り合ったMichael lBloomfieldと一緒に「Super session」「Live adventuresof Al Kooper and Mike Bloomfieldper フィルモアの奇跡」という傑作を残し、ニュー・ロックの旗手と<なるのである。この2枚のアルバムには博多のハコバンがしびれ上がった。
Blood,Sweat &Tearsも彼が創り、1stアルバム「子供は人類の父である」を発表後、脱退し、ソロ活動に入り名作「I stand alone」を完成させる。
Blues Projectはサイケというよりは、ジャズっぽいロックをやっていたと言えるだろうが、後年Steve WinwoodとDave MasonによるTrafficを聞くと、Blues Projectの「Flutething」を思い出す。

Moby Grape
海岸にのしかかる大きなお化け葡萄のイラストのジャケットのアルバム「Wow」を見た時、サイケ以外の何物でもないと思ったのは、僕だけではないだろう。
ニュー・ロックの名のもとに発売されたレコードを聞いて、?と思った。アメリカン・ミュージックの詰め合わせ。Gorky's Zaycotic Mynchi 60年代版と言えば想像がつくだろうか。
才能もあり、CBSというメジャーがプッシュしていたバンドだったが、プロモーションの失敗から日の目を見なかった不運なバンドだった。数枚のアルバムを聞くと、売れなかったからつまらいバンドじゃない事が歴然としてくる。
Rubyの柴山俊之も若かりし頃、けっこうハマッテいたバンド。

Quicksilver Messenger's Service
ニュー・ヨークから流れてきたフォーク・シンガー、Dino Valente(Let'sget togetherの作者)がG.DeadやJ.Airplaneの近所にいたDavid Freiberd、John Cipolina等と創ったバンドだったが、Dinoがメンバーをニュー・ヨークに連れ帰った為、継続できなかった。
東海岸は肌に合わないとそのメンバーが帰ってきたので、Dino抜きで活動を再会した。 彼らの特徴は、John Cipolinaのギターである。ボーカルは他の誰かでも構わないが、彼の替わりは絶対に居ないだろう。
オリエンタル風のイントロで始まる10分を越す「Thefool」はインストかと思っていると、単純な短い詩が出て来る。ボリュームを上げて聞いていると、見た事もない世界へと導かれて行くような快感がたまらない。1stアルバム最後の曲。
2ndアルバム「Happy trails」は元祖ス・ケ・コ・マ・シ、Bo Diddleyの「Mona」と「Who do you love」をモチーフにした曲だが、CipolinaのSGが舞遊ぶライブをミックスしたサイケの権化だ。
ピアニストのNicky Hopkinsがロンドンの霧を持ち込んでしまった「Shadygrove」だけはカリフォルニアの青い空が見えない駄作だ。
「Just for love」「Fresh air」と言う傑作も残している。Quicksilver Messenger's Serviceは、シポリナが自らのバンドCopperheadを創るために抜けて間もなく解散した。数年後の再結成アルバムで、初めてDinoが参加した唯一のアルバムが残された。

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