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- 【須崎ウッドストックはピース・サイン】
1969年8月15日から17日までの三日間アメリカ、ワシントン州の田舎町ウッドストックに於いて、奇跡とも思えるWoodstock Musin & Art Festivalが開催され40万人の観客が集まり、Ritchie Heavens,Crosby,Stils,Nash & Young,Janis Joplin,Who,Jimi Hendrix,JohnSebastian,Sly & Family Stone,Grateful Dead,Jefferson Airplaneらのロックを聴いていたのである。音楽のみならず、車の渋滞、トイレ不足、雨の中のお祭り騒ぎ、出産、地元住民の対応と全てがニュースとなった。
後に記録映画としてマイケル・ウァドレー監督により製作され、日本でも暗い映画館の中で「愛と平和の三日間」の残り香を味わう事が出来た。スクリーンで拳を上げるSly Stoneに「ハイヤーッ」と応える事で間接的にウッドストックを感じたのである。
ウァドレー監督は半分プライベートで、プロモートのため来日し、福岡にもやって来た。
この映画は、三人の男達が一大イベントを計画するところから描かれ、ロック・ビジネスとしての面も捉えていた。このイベントの後アメリカ各地、ヨーロッパに於いてもロックのイベントが開かれる事となった。
福岡での最初の野外ロック・コンサーシは須崎公園で二泊三日の予定で 月 日から始まった。 画家の桜井孝身主宰の自由学校のメンバーを中心に運営され、出演バンドは地元のバンドや東京や京都辺りからやってきたヒッピーのバンドだった。音楽的には普通以下であり、どうしてもダンス・ホールのセミ・プロ・バンドが登場するまでは盛り上がらないコンサートだった。しかし、集まった長髪(ロンゲではなく、チョウハツと読む)とベル・ボトムの連中にはハッピーな三日間となるはずだった。
一日目の夜、付近住民の騒音に対する苦情処理のため警察官達が登場する事で深夜のコンサートは打ち切らざるを得なかった。しかし、ほとんどの若者は公園のベンチや芝生に座りこみ、知っている者も、知らない同士も語り明かす事となった。
二日目のコンサートは叉も、警察の妨害により、中断する事となった。
しかも全員、須崎公園から退去させられたのだった。コンサートの主催団体や熱狂的な長髪やベル・ボトムは場所を平和台公園に移し、勇猛果敢にコンサートを続けた。突然のコンサート会場だから電源が無い。そこへ発電機を運び込んだのが後の夢本舗のサブちゃんだった。
暗くなってもコンサートは続いたが、会場の周囲には、またまた、警察官が今度は「逮捕」を前提に待機していた。21時をもってロック・ファンを排除し、責任者、凶悪犯(?)を逮捕する目的で会場に突入する事になっていたそうだ。
20時55分、奇跡が起こったので、須崎ウッドストックは一人の逮捕者も出さずに無事幕を閉じる事となった。器材を運び去り、長髪、ベル・ボトム達が帰っていくのを確認し警察官の連中も引き上げて言った。奇跡とは、発電機の故障だったのだ。
ウッドストックのコンサートは映画になって、世界中の映画館で上映されたが、福岡の須
崎ウッドストックはテレビで一大騒動を起こす事となる。

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