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- 【久留米の衝撃】
僕の同級生の知人に久留米の大学生がいた。彼は大学の音楽愛好会で、歴代受け継がれているダンディーズというバンドでベースを弾いていたシローちゃんだ。彼から、久留米にものすごいブルース・ギターを弾くギタリストが居るから一度聞きに来いと誘われていた。 僕は、西鉄の大牟田線でシローちゃんの所へ遊びに行った。西鉄久留米駅を出ると、駅前広場の向こうに「百万両」という看板が見える、ここの事かと思っているとシローちゃんが迎えにきてくれた。僕らはそのまま大学にあるダンディーズの練習場所へ向かった。彼らの練習を聞いていたが、僕の心は彼の言う「久留米のすごいブルース・ギタリスト」の事が気になっていたものだから、早く夜にならないかとばかり思っていた。
そして夜になって、昼間素通りした「百万両」へと向かった。 どこの街にでも一軒は有りそうな、ごく普通のダンス・ホールだが、シローちゃんお勧めのバンドのステージは既に始まっていた。「カモン」をやっていたそのバンドのリード・ギターはレス・ポール(きっとグレコ)を抱えている男だった。 ジョン・レノンのようなまん丸い眼鏡をかけたそのギタリストは、一目見たら忘れない風貌だ。肝心のギターがぶったまげ。彼のすんなり伸びた指はネックを抱え込みながら走り回り、ピックも的確に弦を弾いている。「まるで○○のように」彼は、ギブソンではないレス・ポールを本物に
してしまう。
レパートリーはローリング・ストーンズやチャック・ベリーが多かった様に覚えているが、「久留米のすごいブルース・ギタリスト」は、煙草の煙が一番集まる換気扇のある壁際でギターだけでなくボーカルもこなしていた。パンチが効いている訳ではないが、独特な声で歌っていた。 シローちゃんは彼のことを「マコちゃん」と呼んでいた。このバンドにはもう一人ギタリストがいたが、絶妙なカッティングが印象深いギタリストだった。この時は、この二人に、もうじき博多で会う事となるなんて思わなかった。
鮎川によると、この頃、久留米のこのダンス・ホールはダンディーズ等がハコで入っていたのだが、鮎川らがトラで時々出ていたそうだ。実はこの日のライブこそ、ホールのバンドが休暇をとったので、その間鮎川が初めてバンマスとしてメンバーを集めてバンドを作り、ダンス・ホールでギャラをもらったという記念すべきライブだったのだ。
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