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- 【バンマス篠山哲雄】
それから、数カ月して篠山はまた柴山をバンドに誘った。
「前と違うメンバーでせんね」
「ギター誰ね」
「マコちゃん」
「あの外人のごたあ人ね」
「そう、そう」
これに柴山は動かされた。
福岡ビルの裏にあった喫茶店アメリカン(俺達入れんような、ヒッピーお断りって言われた所。鮎川はベスト電気の通りの綺麗な店と言っていた)で篠山、鮎川、柴山の三人が会った。
篠山がダンス・ホールの専属契約を取りつけていたので、バンドを作れば金になる事は分かっていた。鮎川が一緒ならすると答えた。キースをよく知っていた鮎川も、柴山が歌うのならやると言った。ドラムは、以前から柴山と一緒にやりたいと言っていたサンジェルマンの浦田賢一を誘おうと言う事になった。浦田に話したらボブ・ディランとかをやるのならメンバーになるという事で話しは決まった。
ブルース・バンドだったにも関わらず、浦田がリンゴ・スターの心を持っていたからサンハウスにポップスのエッセンスで味付けしてくれた。今までブルース・バンドはいっぱい聞いたが、サンハウスのように洒落たアプローチをしたバンドはない。メンバーみんなの個性がそうさせたのだろうが、中でも浦田の存在は大かったはずだ。馬鹿にする奴は多いけど、俺達にとってはリンゴ・スター、チャーリー・ワッツが最高という気持ちでブルースしていたから。
ベースは、バイキングの浜田卓がいちばん上手かったから、浜田に白羽の矢を立てた。浜田もコピー・バンドをやめてブルースがしたいと言っていたが、バイキングとホールの契約が有るからすぐには辞められなかった。契約期間が過ぎれば絶対、篠山のバンドにはいるという事になった。バイキングというバンドも、そのベーシストも、待ってさえメンバーにしたいほどの凄腕揃いのバンドだったのだ。
篠山、柴山、鮎川、浦田のバンドは一応ホールのオーディションを受ける事になったが、浜田が来れないのでトラで奈良敏博を連れて行った。オーディションには当然合格したが、奈良も自分のバンドがあるから、このバンドで演奏する訳にはいかない。「ヤング・キラー」の仕事が決まったのに、ベースがいないのではどうしようもない。ついに彼らは同じホールのタイバンのギタリスト津和野にバンドの掛け持ちさせる事に成功した。津和野は自分達のバンドが終わると、そのままステージに残りベースに持ち換えて篠山達のバンドでベースを弾いていた。
タフ・ガイ津和野と言えども、休憩なしで毎日数時間のステージを連日続けられるものではない。バンキングを辞めて浜田卓がFender JazzBaseとBass
Manを携えて彼らに加わるまで、久留米の鮎川の友人もベースを弾いたし、他のバンドからトラを連れてきてという、「まるで、ロキシー・ミュージック」のような日々が続いた。
サンハウスというバンドは篠山哲雄がメンバーを集めて作ったバンドだったのだ。
まるで、Brian,Mick,Keithのようだ。
それにもう一つオマケを付けよう。篠山はアタックでリード・ギターだった。鮎川もそれまでリード・ギターだった。篠山は鮎川が憧れていたほどのギタリスチだったのに、この二人がどういう経緯で鮎川がリード・ギター、篠山がリズム・ギターを受け持つようになったのか。
鮎川によると、どっちがどっちとか一言も話すこともなく最初の練習の日がやってきて、ギターを抱 えて音を出すときに自然に鮎川がメロディーを弾き、篠山がリズムを刻んでいたそうだ。篠山は鮎川にリード・ギターを弾かせたくて、バンドに誘ったのだろうし、鮎川は篠山のきざむリズム・ギターを分かっていたのだろう。
昔、パワー・ハウスで騒いでいたとき、篠山が「マコちゃんにリズムとらせられん、メチャクチャやもん」と言っていた。(マコちゃんには内緒だよ)

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