キングスネーク伝説

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Legend of KingSnake

【そしてサンハウス誕生】

当時、柴山俊之は夕方からアルバイトをしていたから、彼の家に遊びに行くのは午前中になる事が多かった。彼のお母さんから後で聞いた話しだが、柴山はホールで歌ったり、アルバイトして、自分で稼いだ金で大学の学費を工面していた苦学生(?)でもあった。
ある日、柴山から「今度、新しいバンド作るけん、ブルース・バンドしたいっちゃん」という話しを聞いた。「おっ、キースのボーカルがまた聞けるぞ」と思った。
その頃、僕はCreamに端を発してFleetwood MacやSavoy Brown BluesBand,Paul Butterfield Blues Band等の白人ブルース・バンドに凝っていた。黒人のブルースもLightnin' Hopkins,Sonny Boy Williamsonあたりのレコードを聞いてはいたが、アコースティックだったものだから、どことなく好きになれなかった。しかし、柴山の家で聞かせてもらったMuddy Waters,John LeeHooker,Elmore Jamesはエレキ・バンドをバックに歌っているレコードだった。それが、きっかけとなって僕も少しづつブルースを聞くようになって行った頃だったので、柴山のブルース・バンドにはかなり期待していた。
ギタリストのオーディションをしても、上手いギタリストはいるがブルースを弾けるギタリストはいないと柴山はよく言っていた。当然、僕は柴山に「久留米のすごいブルース・ギタリスト」の話しをした。 その後、柴山は僕に教えてくれた。
「すごいギタリストが見つかったけん、バンドを作る事にした。バンドの名前はサンハウス、息子の家」
「どこですると」
ところが柴山はこうつけ加えた。
「まだ、練習みたいなステージやけん、俺が良いって言うまで店に来るなよ」
お預けを喰った。それから待つ事しばし。
「もう、音もしっかりしてきたけん聞きに来て良いぜ。ホールやけんブルースは少ししか出来んかも知れんけど、聞きに来い」とお許しが出た。
だもんで、僕はトラのベース時代のサンハウスにはお目にかかっていないという幸せ者だ。(自分達のバンドがきちんとしたバンドになってからしか聞かせたくないと柴山に思われていたのだ)
バンドの名前は語呂が良かったからEddie SonHouseから取ったのだが、尋ねられていちいち説明するのが面倒だから、「息子の家」と言っていたのだ。
僕はビショップを誘って赤黒に行った。ホールに入り、氷がやたら多い「はとコーラ」が注がれたグラスをもらっていたら、ちょうどBooker T & MG'sの曲"Green onions"が聞こえてきた。バンドの交替の合図だ。僕らが腰を降ろすと、サンハウスが登場してきた。
「あっ、ギターは例のマコちゃんやん」
なんと久留米の「百万両」で見た名コンビがギターだった。ダンス・ホールお決まりのR&Bやロックンロールを数曲聞いたが、キースのサウンドとは何かが違っていた。キースのギターの笠原も上手だったが、感じが違っていた。リズム・セクションもしっかりしているし、ギターの二人がとにかく凄い。これなら、最高のブルース・バンドになれるはずだと思わずにはいられなかった。
その日、サンハウスがステージでやったブルースはFleetwood Macの"Sun is shinin'とElmore JamesのShake your moneymaker"だったが、これだけのブルースを博多で聞けるなんて思いもよらなかった。

柴山俊之:V
鮎川 誠:G
篠山哲雄:G
浜田 卓:B
浦田賢一:Ds

サンハウスの始まりだ。

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